[1:7] 天皇について
1 ナマエ:gajaimo 1999/7/16(金)05:29
お久しぶりです。gajaimoです。
国旗国家法案が通過しようとしているなか、天皇制について
みなさんと議論したく思い、書き込みをさせていただきました。

国旗国家法案についてですが、私は「反対」です。
まず、「君が代」という歌がありますが、(メロディーは好き
ですが)歌詞が非常にまずいです。
天皇の代は、ずっとつづいていくれ。
君が代はこのような歌ですが、現在、日本国は主権在民の民
主国家であります。
これと真っ向から反対する、天皇賛美の歌はとうてい容認で
きません。
もちろん、思想・信条は自由ですから、天皇にたいして崇敬
の念を抱くことを、とりあえずは、なにも言いませんが、法制
化するのはこれとはまったくちがいます。
先の戦争において、日本帝国は「侵略」をしたのであり、こ
れはどのような理由をつけても弁解は不能です。経済的な側面
を弁解の理由にしてみても、他国の財産を勝手に奪うことは
まったく許されないのは当然であり、その意味において、日本
帝国は侵略をしました。問題なのは、そうした国家のあり方で
あったはずです。日本帝国は西欧列強の帝国主義的な植民地分割
競争に乗り、自らも帝国主義国家になってしまったのであって、
それ自体、批判されるべきなのです。
その意味で、我々が先の戦争を反省するところは大きいのです。
天皇制は、帝国主義国家・日本のシステムの枢要をなしていた
制度であって、今、それが無反省のままに存続していること自体
が問題なのにも関わらず、それを存続させることを肯定する「君
が代」を国歌として法制化するのはまったく噴飯ものとしかいい
ようがありません。
国旗・日の丸についても同等の見解です。
最後に、ナショナルアイデンティティーの必要性があるのか、と
いう天皇制とは別の視角からの疑問もあります。国家にアイデン
ティティーを求めさせるようなシステムの一環として、国旗国歌
をもつということが、今日的にどれほどの意味があるのか、非常に
疑問です。

以下の三点について私は国旗国歌法制化に反対します。
ー膰∈潴韻量閏膵餡箸任△詁本国に君が代の歌詞はふさわしくない
∪茲寮鐐茲糧疹覆鮠覆澆此天皇制自体の議論をしないばかりか
それの代を続くよう歌う国歌は、歴史の重みを感じない点でふさわ
しくない
ナショナルアイデンティティーの必然性はすでに無く、国旗国歌
法制化はこうした現状を理解していない点で、反対

論点はいくつもありましょうが、それを明確にして議論ができれば
幸いです。

2 ナマエ:ランス 1999/7/16(金)09:11
どうも、お久しぶりです。一同揃ってあなたの復活を待ってました(^^;
前大戦を反省すべきことは言うまでもなく賛成であり、国防研究会の目的が
この反省・歴史認識の為の情報提供にあることはご承知の通りかと思います。

さて、まず国旗についてですが、ナショナルアイデンティティーはあった方がいい、やはり国家
にもアイデンティティーは必要だと私は考えますね。
戦争が起こるのは国家システムの為であり、北朝鮮のように武力でもってナショナルアイデンテ
ィティーを誇示する国家があるのは事実でありますが、我が日本国は平和国家という路線を歩む
ことを憲法でも明記しており、これは世界に誇ってもいいアイデンティティーかと思います。

そしてまた、まだまだ人類は愚かなものであり、誰が言い始めたのか忘れましたが、ダーウィンの
自然淘汰説を人類の生存競争に適用して、これがどういうことか世界・・とりわけ大国の常識とな
っているのは否定できない事実であり、自然権たる生存権を我らが主張するためにも国家の庇護は
必要不可欠なもので、日本国の存在を言葉でなく絵でもって肯定する国旗の存在はやはり重要では
ないでしょうか。

もう一つはただ単に、国旗を法制化することで、今まで慣習法的な存在であった日章旗が正統に国
旗として認められるのは、(どちらかというと)民族派(?)の私に迎合すべきことです。
だって、日章旗とか旭日旗はカッコイイもん(^^;
っと、これは感情論ですから聞き流して下さいな。


日本人にとって、旗とはかなり特殊なものだと思います。
その意味では慎重な論議をというのは賛成ですね。
特殊の例をあげますれば、

加藤高明内閣の時、陸相宇垣一成が断行した陸軍の大軍縮において、4個師団が解体されました。
さて、その際廃止された師団の合計16個連隊が、号泣しながら天皇陛下に「連隊旗」を返還しました。
外国だったら、ポイポイ捨てられる「旗」ですが、「軍旗」は軍の生命の表徴で、それを返上すること
は生きながら自分の葬式を出すようなものという観念がありました。


また実体の見えない、国家、県、市、町村がアイデンティティーを示すとしたら旗しかないでしょう。
そして日本の旗と言えば、ほとんどの日本国民が「日の丸」と答えます。
これは事実であります。エベレスト登って日の丸を頂上に立てた人は右翼でしょうか、違いますよね。
国旗は愛国心が帰属するところとも言えますが、日の丸をもって自分が日本国民であるという自覚を
持つことができるとも言えましょう。


さて次に君が代です。
君が代は全然平和的ないい歌だと思うのですが・・。
「海ゆかば」が国歌として法制化されるとしたら、そりゃもう大問題となりましょうけどね(^^;
主権在民と皇室は決して敵対するものではないと思います。
日本(国民)あるところに天皇陛下がいらっしゃるわけで、天皇の代が平和に移り変わるな
ら、国民も平和に過ごせる時代。
逆に騒動の中で移り変わる代なら、国民も混乱している時代と言えましょう。
鎌倉時代とか戦国時代の天皇の変遷を考えるといいかと思います。

また、先の大戦における侵略と定義される一連の行動は、天皇の意志でやったのではありません。
内閣が責任をもって行った行為であり、明治憲法にもあるように、全責任は閣僚に帰属します。
まぁ責任の問題ではないんですが、それならなぜ「統治権ヲ総攬ス」の天皇陛下が、内閣の、
ひいては軍部の誤った道を修正しようとしなかったのかと言えば、自分が任命した国務大臣
のすることを信用できなくてどうする、というのもありますし、イギリス皇室のあり方に感銘を
受けて、内閣のすることを見守ることにしたから、などが挙げられます。

天皇が戦争を起こした・・という考え方は、東京裁判の際、天皇を戦犯にすべきだと主張する多く
の連合軍側の人間と同じです。
また、天皇制は、帝国主義国家・日本のシステムの枢要をなしていたとのことですが、昔っから天
皇制は存続しているのであって、そんなことを言うなら日本は大和朝廷の時代から帝国主義だった
と言うイジワルな見解もできます。

最後に△痢匹修譴梁紊鯊海よう歌う”というのはおかしい気がします。
もう天皇は昭和天皇から今上天皇に代わってます。君が代にはある時代の天皇を特定して永く続く
よう歌ってはおりません。


以上長々と書かせていただきました。
誤字脱字ありましたらお詫び致します。
やっぱgajaimoさんの書く文はいい。
視点が違うから、自分との違いが認識できて大変ありがたいです。
3 ナマエ:gajaimo 1999/7/18(日)04:44
>どうも、お久しぶりです。一同揃ってあなたの復活を待ってました(^^;
それはありがとうございます。
「右派的」な、サイトでは珍しく良心的な管理人さんで、こちらとしても安心
して書き込めます。

>さて、まず国旗についてですが、ナショナルアイデンティティーはあった方がいい、やはり国家
>にもアイデンティティーは必要だと私は考えますね。
>戦争が起こるのは国家システムの為であり、北朝鮮のように武力でもってナショナルアイデンテ
>ィティーを誇示する国家があるのは事実でありますが、我が日本国は平和国家という路線を歩む
>ことを憲法でも明記しており、これは世界に誇ってもいいアイデンティティーかと思います。

国家=(個人の)アイデンティティー、としてとらえるのは、留保しますが、日本の
恒久平和を願った憲法の先駆性は、ランスさんの意見に全面的に賛成します。
日本国憲法は、アメリカによるお仕着せという側面が多分にありますが、この際、それは
抜きにして考える必要があります。純粋に憲法を見るのであれば、これは世界に誇れるもので
あると考えます(理念的には)。

>そしてまた、まだまだ人類は愚かなものであり、誰が言い始めたのか忘れましたが、ダーウィンの
>自然淘汰説を人類の生存競争に適用して、これがどういうことか世界・・とりわけ大国の常識とな
>っているのは否定できない事実であり、自然権たる生存権を我らが主張するためにも国家の庇護は
>必要不可欠なもので、日本国の存在を言葉でなく絵でもって肯定する国旗の存在はやはり重要では
>ないでしょうか。

国旗国歌論争においては、論点が二つの次元に分かれます。
,修發修盥餞国歌が必要なのか、否かという点
必要性の議論は留保しておいたとして、現在日の丸・君が代の国旗国歌化の是非。
私は、主に△力静世乃掴世靴燭い隼廚辰討ります(天皇制にいて議論したいため)。
さて、この文章に対する私の意見を述べさせていただきます。
絵でもって肯定する、という点については、同じような意味で、「あえて絵を使わずに
表現する方法もあり得る」という反論が可能で、あまり説得力を持ち得ません。
しかし、私は、先に挙げた△力静世乃掴世靴燭い燭瓠△海海任呂海谿幣紊海竜掴世砲
深入りしないことにします。

>日本人にとって、旗とはかなり特殊なものだと思います。…
>国旗は愛国心が帰属するところとも言えますが、日の丸をもって自分が日本国民であるという自覚を
>持つことができるとも言えましょう。

前文と同様の意見です。

>さて次に君が代です。
>君が代は全然平和的ないい歌だと思うのですが・・。
>「海ゆかば」が国歌として法制化されるとしたら、そりゃもう大問題となりましょうけどね(^^;
>主権在民と皇室は決して敵対するものではないと思います。
>日本(国民)あるところに天皇陛下がいらっしゃるわけで、天皇の代が平和に移り変わるな
>ら、国民も平和に過ごせる時代。
>逆に騒動の中で移り変わる代なら、国民も混乱している時代と言えましょう。
>鎌倉時代とか戦国時代の天皇の変遷を考えるといいかと思います。

おそらく、天皇制議論を抜きにすれば、そのような解釈もできようかと思います。
しかし、私が言いたいのは、そもそも天皇制とはなにかということ。
天皇制は、ランスさんが主張されているように、日本には大昔から存在しました。
しかし、その制度自体が持つ意味は時代時代に異なっており、特に日本が近代化を進め
始めた頃からはそれ以前の意味とは全く違った趣を見せ始めます。
天皇それ自体の存在が、「国民」統合の証であったことはたかだか200年弱に過ぎず、
それ以前には、一般民衆には存在すら知られていない状況でした。
大事なのは、天皇制自体が、なぜ最近になってそのような特別な意味を持ち始めたのか、
ということです。
近代・日本国、日本帝国は、「国民」を創出するために天皇を担ぎ出しました。国民統合
の象徴として、なにが一番手っ取り早いか、それは絶対的な何かを人為的に創り出すこと
です。明治政府は大衆のイデオロギー操作のために、天皇を担ぎ出し、それを「神聖不可侵
ニシテ侵スベカラズ」という地位に仕立て上げました。そして、それは見事に成功しま
した。その方法としては、いわゆる「御真影」の登場や、教育勅語の発布など数え上げれば枚
挙にいとまがありません。天皇”制”は国民の創出、統合のために創り出され、そして維持
されたのです。国民統合がなぜ必要だったか。それは、近代世界が全世界的に資本主義経済
に移行し、国家を軸とした経済の必要上から、否応なしに国家の創出を要求したからです。
ペリー来航はあまりにも有名ですが、そうしたことはこれらの現象形態の一つですね。
天皇制の歴史を概括すればこのようになるかと思われますが、それでは、天皇制それ自体
が今日的に見てどれほどの意味があるのか、ということについて考えたいと思います。
前回も言いましたように、天皇制はそうした国家システムの枢要をなす政治制度であって
、それが帝国主義国家・日本帝国の一機能として先の大戦に行き着きました。その戦争は、
客観的に見て明らかに侵略戦争であり、これは絶対に曲げることのできない歴史的事実です。
そうした反省をふまえれば、今日、日本はまがりなりにも民主的な政治形態をとっている
中で、天皇制がどれほどの意味があるのか、自ずからわかると思います。
すなわち、二つの側面から。一つは、言うまでもなく、先の大戦を引き起こした政治形態を
反省することから。もう一つは、まがりなりにも民主主義を標榜する国家で、天皇の存在
はそれと矛盾すること。
仮に、天皇それ自体の定義が「国民統合の象徴」であったとしても、先の大戦を真摯に
反省すれば、存続させる積極的意義はありません。

そして、ここにきて、国旗国歌法制化の動きです。天皇制それ自体が──私からすれば
──意味がないのに、さらにそれを賛美する歌を「国家」として規定し、教育現場で、
あらゆる場面で公に認めてしまうのは、天皇制それ自体の危険性、矛盾を否定どころか
肯定し、積極的に公に認めてしまうことになり、天皇制に対して批判的な立場をとる
ものからすれば、まったく認めることができないのです。
4 ナマエ:Merkatz 1999/7/26(月)20:41
gajaimoさん、お久しぶりです。レス遅れましたが私も一言。

まず天皇制について根本的に誤解があるように思われます。
あなたの言う天皇像は戦後、左翼勢力がばら撒いた絶対権力者としての天皇をそのまま踏襲しています。
天皇という誰にも制御できない権力が帝国主義と結びつき害悪をなしたという説明は、一見当を得た説明のように思えますが、これらの考えをする人はある事実を見落としています。
それは天皇は「権威」を象徴する存在であって「権力」を象徴する存在であったことはなかったという事実です。

あなたは「その制度自体が持つ意味は時代時代に異なっており」と言いますがそれがそもそもの間違いです。
古代の一時期を除いて、天皇は権力と分断された存在としてずっと続いてきました。藤原摂関政治あたりからそれははっきり形を現し、以後終戦までその形は続いていました。
あくまで天皇は「権威」でしかないのです。常に「権力」を振るうのは他者でした。ある時は藤原一族、またある時は武家政権、そして昭和の軍部など。天皇はそれら実際に権力を行使する者にとっての権力の正当性を保障するもの、すなわち「権威」でしかなかったのです。
終戦の御聖断しても、昭和天皇の「権威」がそうさせたのであって、決して「権力」を行使したのではありません。天皇の御聖断という「権威」を持って、重臣達は終戦へと導く権力行使が出来たのです。

したがって国民の権力の正当性の理由として、天皇の権威が存在することは何ら矛盾しないことなのです。君が代の歌詞は天皇の権威を称えるものですから、すなわち国民の権力の正当性を称える歌でもあるわけです。

権力の正当性はその国の歴史背景によって異なっています。例えばアメリカは独立宣言、フランスは人権宣言という具合です。またそれらのもとをただせば、キリスト教の唯一神というところに行きつきます。
つまり神が我らに与えたもうたという考えです。
日本にはこのような絶対神は存在しません。日本における権力の正当性の源泉は天皇という「権威」にあるのです。八百万の神がおり、それらの神事の統括者としての天皇。その歴史が天皇の権威であり、権力者はその権威を認めることによってはじめて己の正当性を得るのです。

よって天皇性を否定する人々は日本の国民とは言えません。自らの権力の正当性を否定しているのですから。
あなたは自分の権力がどこから来たものか考えたことはありますか?産まれながらにしてあるものだ、とか憲法により規定されている、とか考えているようならばそれはたいへんな間違いというものです。
アメリカやフランスやイギリスが自分たちの権力や憲法の源泉をどこに求めているかよく考えてみることです。そうすれば日本の天皇性か否定できないことが理解できると思いますが。
5 ナマエ:Merkatz 1999/7/26(月)20:42
ついでに国旗・国歌について言えば、ナショナル・アイデンティティーうんぬんといって否定するのは、私に言わせれば滑稽も甚だしい。

ここに老舗のお店がありました。そこには創業以来受け継がれてきた暖簾があります。それはこの店のシンボルであり、顔でありました。
ある時従業員の一人が言い出しました。「こんなぼろっちい暖簾を後生大事に守っているなんてアホらしい。暖簾なんて無くたってこの店がこの店であることには変わりない。何もこの店を表すのに暖簾である必然性は無いだろう。だから暖簾なんて捨ててしまえ」。
この従業員が首になったのは言うまでもありません。

国旗・国歌とは老舗の暖簾と同じものです。シンボルであり、一目見て「あっあの店だ」と認識させるものです。そこには歴史やいわれがあります。
暖簾をゴミと同等視しているような輩がその店の従業員にいるなんておかしな世の中になったものです。
暖簾の意味がわからない人は、どこまでいっても国旗・国歌は違うとか屁理屈をこねて否定したがるのでしょう。
そういう人はマクドと老舗の味の違いも理解できないのでしょうね。

6 ナマエ:野次馬三太郎 1999/7/16(金)13:04
はじめまして。研究会準会員です。以降お見知り置き下さいませ。

ます、先の「大東亜戦争」に対する認識からです。
私は、開戦・終戦の詔勅にありますが、聖戦/解放戦争であるとの考えを堅持しておりますので
侵略戦争などとは夢想だにしておりません。
貴殿と同様の見解をとる「特定勢力」に対し、靖国神社の英霊の為にも、
終生断固対決していく所存です。
が、亜細亜各国のとらえ方があるので貴殿の意見(いわゆる東京裁判史観)
に対し、留保付の一定の理解は示せなくもありません。

「大東亜戦争の解釈」が今回論点の中心ではないので、これについては次回に持越しましょう。

次に主権在民云々についてです。
貴殿の言われる
>現在、日本国は主権在民の民主国家であります。
>これと真っ向から反対する、天皇賛美の歌はとうてい容認で
>きません。

ということは誤りとしか良いようがありません。

貴殿が現行憲法を擁護するか、改憲派かは関知しません。(当然私は現行憲法打倒派です)
が、日本国憲法は主権在民とともに天皇の地位について銘記しています。
ここで高尚な政治論は披瀝しませんが、学説の中に国民主権制度と君主制度は並立しない、
とする学説があるのは承知しています。
しかし貴殿の言われているのは感情論でしかなく
(それはそれで結構ですが)何ゆえ‘これと真っ向から反対’する、
と言われるのか論拠が不明です。
貴殿の言われる天皇賛美(私はそうは思いません)が、現行憲法下で認め難い
というのは、要は「天皇制は認めない」ということなのでしょうか?
それならば、共産党のようにはっきりしているので話しは簡単なのですが。

現在の体制下は、天皇制と主権在民は立憲君主制度として立派に機能しています。
‘これと真っ向から反対’するようなことなど有り得ません。
もし貴殿がそれがおかしい、といわれるならば、はっきり改憲論を展開すべきでしょう。

最後に国旗・国歌法制化について

結論から申し上げますと、私も反対です。
国旗が日章旗、国歌が君が代 というのは、およそ普通の日本人であれば誰でも解かることで
常識以前も問題でしょう。
議論すること自体、我が国の病巣の深さを痛感せざるをえません。
世界中の物笑いの種がまた増えた、といったところでしょう。
このことは教育中で解決すべき話であって、安易に法制化することには疑問です。

>天皇の代は、ずっとつづいていくれ。
>君が代はこのような歌ですが、

間違いです。
君(大君=天皇)の御代は永久に続く という「事実」を表現しているものであって
〜してくれ などという「願望」を表わしたものではありません。
また、君の御代はそのままイコール日本のことを指します。
他国の好戦的な国歌と比較しても極めて詩的で情緒的な美しい歌です。

とりとめがないですけど以上が私の見解です。
長文失礼。
週明けにでも再度また・・・
7 ナマエ:時世 1999/7/20(火)01:04
あふあふあー・・

あのですね、「文化」とおもえばいいんでなくて?
「法隆寺って永遠にあるといいなぁ♪」 こんな感じで。

「法隆寺があるとみんなの心が落ち着いて、世もなんかいい感じ♪ ずーっとつづくといいなぁ♪」


これを陛下においてみませう。

じゃがいもさんだって「法隆寺こわしてマンションにしませう」なんいってるやついたら
「半殺しにしたろか?」っておもいますよね?

まー、そんな感じで思えばいいじゃないかなぁ
別に「神」とおもえとはいってませんし・・


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