[1:1] ニューズウイーク日本語版
1 ナマエ:泥禰亭 1999/7/19(月)23:57
気になることがあったので、「国家≡公のアホらしさ」の続きの前に、寄り道です。

西暦 1999 年七月十七日に「ニューズウイーク日本語版」をコンビニで見かけました。
「ニューズウイーク」と言うと思い出す事があります。
もう十年も前の事、まだ「新しい教科書を作る会」に関わる前の
西尾幹二氏の評論文が「本家ニューズウイーク」に紹介されました。
ところが事前に電話で話し合ったにも拘らず、
西尾氏にとってかなり不本意な引用になっていたそうです。
泥禰亭なりに表現するならば、ニューズウイーク側の主張を補強すべく、
それに反する西尾氏の論文をことさら奇矯なものとして紹介しているのです。

さらに興味深いのは、日本語版に訳されたニューズウイークです。
日本は外国人労働者を受け入れよと言う記事のタイトルは、
英語版では「Japan's Illegal Tide」(日本への不法入国者の大波)であり、
大波についてどうせよという主張は読み取れません。
ところが日本語版になると、「もう〈鎖国〉はできない―――
日本はアジアの労働者にもっと門戸を開くべきではないのか」
というあからさまな主張に変わっています。
これが記事のタイトルとして大きな活字で提示されているのです。
西尾氏は憤懣半分に「『ニューズウイーク』の日本語版編集部に、
米国ジャーナリズムの虎の威を借りて、日本の世論を自分の好きなように
動かそうとする邪な人物が一人、ないし二人いるのかもしれない」と書いています。

何故このエピソードを思い出したかというと、
私の見かけた号の目玉と思われるのが、
プライバシーがねらわれていると言った内容の記事だったからです。
これは時期的に見て「盗聴法案」反対の論陣かな?
国際的にもタイミングがいいのね。
我ながら邪推と思うものの、先のエピソードを思い出してしまったので、
立ち読みがてらちょっと調べてみました。

ニューズウイークの各記事は、その末尾に報告者の名前が明記されています。
勿論日本人記者なら名前も漢字で書いてあります。
ところが問題の記事には末尾に署名が無く、
ニューズウイークのNマークが付されているだけです。
記事の頭に帰ってみると、名前付きの一言が中見出しの大きさで
掲げられていますので、この人の書いた記事のようです。
でもよくよく読んでみると、
本文中のページ下端(地)に「英語で」書いてありました。
トップからボトムまで、つまり記事本文は
ニューズウイーク日本語版編集部の某による、と。

と言う事は、この記事は本家ニューズウイークには載っていないと言う事です。
でも普通これを読む日本人は、そんな事考えないでしょう。
アメリカの良心的ジャーナリズムを代表する
大ニューズウイークの主張と取るでしょう。
白人崇拝者である日本人の事。ありがたい御忠告にイチコロです。
でも実態は、黄色いジャーナリストによるイエローペーパーだったのです。
なるほど日本ジャーナリストの嗜み(倫理的義務)として、あらゆる機会を捉えて
「盗聴法案」には断固反対を訴え続けなければならないのでしょう。
信仰告白みたい。

西尾氏のエピソードは一方の当事者の報告ですから、
真に受けるのはどうかと思っていました。
でも自分の手で同じ現象を見つけてしまうと、信憑性が一気にアップです。
ニューズウイーク日本語版の体質って、十年前から変わってないのね。


doBBS