[1:23] 私心のない天皇だからこそ日本人の敬愛を得ている
1 ナマエ:ランス/鐵扇會 1999/11/17(Wed) 01:12:03
大東亜戦争終戦時に
「自分はどうなってもいい。国民を救けてほしい」
と述べられた天皇。
自分のことは考えず、常に国民と世界の平和を祈っておられる存在。こうした存在によって、日本は守られてきたし、こうした存在があることは我々にとって誇りである。

以上は今読んでる「新右翼」での一文の要約です。
今回の在位10年記念式典でも、参列者の健康にも気遣っていただいた。
やはり天皇は常に国民のことを思っていらっしゃる。
今も昔も変わらずに。

大東亜戦争の終結は天皇の聖断で決定しました。
「自分の身はどうなっても構わない」
と全ての責任を負う覚悟での決断でありました。
戦後共産党が「天皇制打倒」と気勢をあげたが国民には受けなかった。
これは戦前の教育が国民を縛り付けたのではなく、天皇の私心無き大御心を前に
日本人としては
「日本にはこんな立派な天皇陛下がいらっしゃる。自分は日本国民であることを誇りに思うし、天皇陛下がいらっしゃることも誇りに思う」
と、共産党の打倒天皇制を一部の人を除き、冷静に受け止め考えたのではないかと思います。

自分はまだ「国体」というものに明確な理論を持っていません。
なので目下勉強中です。
初心者・元気だぞ氏の「国体 敷島の道」を何度も読み返す。
(鐵扇會のHP内にあります)
なにせ頭わりーので、一度や2度ではピンと来ない。
おぼろけながらもわかるようになるまで、読み返していくつもり。

その頭のわるい当人として今、自分が天皇陛下をどうして敬っているかと言えば
先に挙げた「私心なき存在」であるということ。
あとは個人の感情で敬愛しているので、説明がつかない。

皆さんは天皇について、国体についてどう考えていらっしゃいますか?
(念のため、この掲示板はアカは出ていけとかは言いませんので、皇室(天皇)制度反対の人も書いて下さって構いません。むしろ聞きたいです。)
2 ナマエ:野次馬三太 1999/11/17(Wed) 09:46:23
では、仮想論争をお願いします。
私は七生報国を信条としていることを、念のために申し上げておきます。
くれぐれもお間違いなきよう!
*******************************************************
質問します。
天皇が終戦を決意できたならば、開戦も阻止できたはずです。
そうすれば、多くの日本人が苦しい思いをしなくてもすんだと思います。
また、「自分はどうなってもいい。国民を救けてほしい」
とは、マッカーサー回顧録からの引用と思いますが、
公式にはそのような記録はありません。
3 ナマエ:西村祥治 1999/11/17(Wed) 17:42:54
 理由は簡単です。建前は天皇は天皇親政であったのですが(詳細はランすさんがアップした「天皇機関説問題」についてを参照してください)、実際は天皇機関説で運用されていた(「親裁すれども親政せず])からです。「臣下たるもの陛下に責めを帰し奉らない」この言葉の重さは千斤の重みがあったのです。この為、第3時近衛内閣総辞職後の後継首相候補の切り札であった東久爾宮は(海軍が次期総理は「陸軍の将官」と聞いて東久爾宮に大命降下と誤解するくらい)終戦時まで「温存」されていたのです。226(首相、内大臣と国務に関して輔弼の任にあるべき人物が暗殺されたと思われていた)終戦の聖断時については、内閣を始めとする各機関が機能不能に陥った(御前会議で、首相自ら「内閣、大本営、枢密院」の3者で合意に至らずとして聖断を求めたという禁じ手を行使)為、「例外」として天皇陛下の思し召しにより事の収集が図られたのです。

4 ナマエ:ランス/鐵扇會 1999/11/17(Wed) 23:35:21
西村さんがおっしゃるように陛下としては「君臨すれども統治せず」の姿勢を常にとっておられました。
(それは皇太子時代、イギリス駐在中、英国王室の態度に感銘を受けたからとかまぁそういうことはおいといて・・)

君臨すれども統治せず。
とにかくこれが天皇の姿勢です。
昭和天皇としては開戦を避けられなかったのかというと、これが第一の要因。
また、内閣は自分が任命しています。
自分が任命した内閣の決定には従わねばならない。
信任した自分が内閣を信頼できなくて、どうして国民が内閣を信頼できようかということだからです。

また、陛下は開戦決定をした御前会議席上でも
「よもの海〜」で始まる明治天皇御製の詩を繰り返し3度も詠まれ、開戦に反対であるという意思表示をしていました。戦中も大いに大御心を痛めていたことは疑う余地もないことであります。

東京裁判で東条がなんとか皇室に責任がおよばないようとキーナン検事とやりあったのも、実際、陛下は戦争には反対であり、開戦は自分の内閣で決め、内閣の(同輩中の)主席としての自分に責任があると皇室を擁護しました。
これは東条の皇室への忠誠心から来たんだろうと言えなくもないですが、実際に陛下は反対されてたのだから、もし陛下に責任が及ぶとなれば、死んでも死にきれないと東条は悟ったからではないかと思います。

>公式にはそのような記録はありません

公式にあるかないかは自分にはわかりません。
外務省とかの倉庫に眠ってるかもしれませんし・・・・。
自分としては、マッカーサーが虚実として天皇の徳の高さをアピールするような記録を残すだろうかと思います。
いくら占領政策に利用したいと考えていても、そこまでヨイショする理由があるのでしょうか、マッカーサーに。
自分が思うに、現実に陛下はマッカーサーにそう述べられて、その崇高な態度にいたく感銘したマッカーサーが記録に残した・・のではないかと考えます。

5 ナマエ:あぷろ 1999/11/18(Thu) 01:29:13
天皇制度については、国益を害さねーんであれば、別にあってもいーんじゃねーかと思う。
彼らは血統と世襲によって、国民の税金より生活費を支給されるという特殊な立場にいるのだが、座してそれを得ている訳ではなく、国益のため、それなりに結構大変な労働をしている訳で、おいら的に考えれば、まあ極めて特殊な世襲の公務員とでも考えれば、彼らの存在を許容できたりする。
国益を害するよーになれば話は別だよ。故人の悪口は言いたくねーが、ダイアナファッションとか言って国費を乱費するよーな人になったら、反対派に回るよ(まあ彼女は王室に向いてなかった感じだったけどね。常に頭上に刃物の危険を覚悟しなければならないって言われる立場だけど、彼女にその覚悟は見当たらなかった。少なくとも、おいらには見つけられなかった。その点、テロリストに銃撃された時見られたエリザベスさんの覚悟なんかは、一個人として敬服したよ)。
ともかく、現状のところは許容範囲内だ。維持するのに費用は掛かるけど、それなりの利用価値もある。それに反対派の存在が許容されてるってところが一番いいね。どんな存在であろうと、批判勢力は大切だと思うから。
でもまあ、できれば自ら皇位を放棄してくれるとありがたいとは思ってる。歴史に埋もれていたのを無理矢理掘り起こし、幕末から昭和まで、その存在を散々利用させていただいたが、もはや絶対必要と言うほどではなくなったように感じてる。国家は強力になり、国民は成長し、もはや象徴がなくても自分で物事を考えられるようになった。彼らの役目は終わったのではないだろうか?。役目が終わった以上、舞台から速やかに立ち去ってもらえるとありがたいが、そのへんは彼ら自身が決める事だろうと思う。やめたきゃやめればいいし、やめたくなければ、今まで国家の役に立ってきてくれたのだから、彼らの存在を許容しても構わないのではないだろうか?。無論、国益に反しない限りにおいては、だ。

あと昭和天皇の事について少し。彼は色々批判されている人物だ。肯定・否定の両方の説があり、どっちかってーと肯定派が多いって感じがする。おいらとしては、どっちでもない。つーか、興味がない。歴史解釈なんて、社会適応能力のない学者の暇潰しだと思ってるもんで(直接見てきたような嘘を付くなって思ってる)。おいらは、昭和天皇には直接会った事はないし、会ったところでその人格がどーかなんて、神様じゃねーんだから分かるはずもない。多分、本人にだって自分が何者であるかなんて究極的に理解できないだろうと思う。ただこういうふうには理解している。彼は、死ななかった。戦後、彼は自ら死を選ばなかった。ただそれだけ。それがどーゆー事かは、この事実を個人がどのよーに受け取るかだけだろうと思う。

おいら個人の趣味としては、昭和天皇は好きだったね。あの顔とか、姿とか、歩き方が結構気に入っていた。なーんか素直に尊敬できたんだよね。でも今上天皇は嫌いだよ。昭和天皇と反対で、なんとなくあの顔や態度が気に入らない。

6 ナマエ:ランス/鐵扇會 1999/11/18(Thu) 03:33:18
>それに反対派の存在が許容されてるってところが

「天皇陛下を尊敬しろ!尊敬しないヤツは刑務所行きだ!」
なんてコトになったらそりゃ大変です。
故三島由紀夫氏も「天皇制と言論の自由は共存できるし、共存しなきゃならない」
って言ってますしね。
日本狭いといっても日本人の全部が天皇制を受け入れられるかっていうとやはりそれは難しい。
反対派がいるのも仕方ないし、そういう人と議論することでこちらも勉強することになる。ライバル(?)によって切磋琢磨できるわけです。
それに、そういう弾圧したら陛下の大御心に反します。

>もはや絶対必要と言うほどではなくなったように感じてる。国家は強力にな>>り、国民は成長し、もはや象徴がなくても自分で物事を考えられるようになっ>た。

うーん、そうでしょうか。
まだまだ国民は未熟な面が多いのでは。
今のような平和時には確かに天皇の存在価値というものが薄れてしまいますが、いざ国難(有事と考えて下さい)となった場合、国民の反応はどうなりましょうか。
サッサと国外逃亡するヤツ。
自衛官でありながら逃亡するヤツ。
敵にコビ売って、寝返るヤツ。

国内バラバラになりそう。
こんな時、つまり我々日本人が一致団結せねばならない時に、誰をして纏まることができようか。やはり天皇しかないのでは。
内閣・首相の下になんてきれい事を言っても、そんなに内閣に信頼や閣僚個人に人望があるようにも見受けられませんし。

>戦後、彼は自ら死を選ばなかった。

こういう説と一緒に「退位すべきだった」という考えをする人もいます。
しかし、敢えて死ななかった。
生きることのよって自らいばらの道を歩まれることを陛下は決心された。
以下引用文
「退位など(などとは死を意味する)は楽な選択だった。ただし退位されたらどうなったのか。やはり日本はどうしようもない侵略戦争をしかけ悪逆の限りを尽くし、天罰が下って原爆落とされて負けた、そんな『悪魔の国』だと自ら認めることになる。...中略...こんな中で退位されたら、日本はもう歴史的な分断国家だ。日本という国は8月15日を境にして以前とは全く関係のない別の国になってしまう」
                       (「新右翼」より)

自分はここまで頭が回らなかったですが、陛下は大変苦労されたと思ってる。
戦後、各国へ行く時も、相当ご心痛遊ばされたに違いない。
アメリカなんかの天皇責任論はいまだ根強いですし。
しかし敢えて、自ら困難な道を歩まれた陛下はさすがだと思います。


ついでに
>「よもの海〜」で始まる明治天皇御製の詩を繰り返し3度も詠まれ

と先に述べましたが、2回でした。
訂正致します。
7 ナマエ:野次馬三太 1999/11/18(Thu) 18:54:41
状況が変化したので軌道修正します。(笑)西村提督、御返答感謝します。
なんだか妙だな・・・・

あぶろ殿へ
国益 々と言われるが、貴殿の言われる国益とは何か?
察するに物理的・現象的・有機的?な事象を称していると思われるが、直接
目に見えることのみ利益として追求するという考えは平たく言えば
「唯物史観」となるのではないですか?
英国王室のことも触れておられたが、
天皇は王室を模範としたものではありません。
たとえるならば神職にあたります。つまり神主さんですね。

よくいわれるような天皇制という呼び方は制度としての天皇
を指したもので、適当とは思えません。
うまく説明できないませんが、その理念を尊ぶべきです。
機能からのみ天皇(制)を考えるというのは間違いでしょう。

それから、陛下のパーソナルな部分をどうこう言うのは
我々下々の人間の場合であって、
極限すれば、歴代陛下御本人の性格というものは「全く問題ではない」
といえます。
専制君主制であれば、パーソナルな部分は重視すべきでしょうが、
日本の国体(これは戦前も現在も同じです。8・15革命説を唱える者も
おりますが)とは、

「天皇を国家国民の中心として仰ぎつつ、
国民一人一人が良い国を作り、各国と仲良く平和な世界を作る」
(即ち八紘一宇ですね)

ということで、決して天皇が号令をかけて国民が号令一過その命を受けて
行動する、という全体国家ではありません。
明治時代はややその傾向があったことは否定できませんが、
それでも
「万機公論に決すべし」との
五箇条の御誓文が生まれたのは明治時代です。

日本は北鮮やナチスのような専制君主によるファシスト国家ではありません。
ですから、重ねて記しますが
天皇御自身の性格など、天皇(制)を論じる際は問題の争点には
なりえません。
個人的な見解としてでしょうけど
表現方法を再考願いたいものです。品性を問われかねないですね。
強く御忠告申し上げる!
8 ナマエ:Merkatz 1999/11/18(Thu) 19:33:46
権威と権力を分けるというのは、日本人の知恵です。歴史に脈々と受け継がれています。そのすばらしい知恵をどうして簡単に捨てることができるでしょう。
権威と権力を併せ持った民主制度の某国の大統領がいかに醜悪だったかは、件の不倫疑惑で世界に喧伝されたではありませんか。全体主義においても、権威と権力を併せ持った独裁者が、カリスマ的指導力で歴史に残る大虐殺をしてきたではありませんか。
日本における権威と権力の分化というのは、そういう醜悪さから逃れるための知恵なのであります。そして権威を担当できるのは、日本においては天皇陛下をおいて他にいないのであります。
9 ナマエ:十兵衛/鐵扇會 1999/11/18(Thu) 22:18:53
>皆さんは天皇について、国体についてどう考えていらっしゃいますか?
私は、天皇は長い歴史を経られて
我が国と融合なされたという理解です。
ですから、我が国の歴史や伝統、そこに
生きた人々に対する敬意や感謝の念は
即ち天皇陛下に対するものとなるし、
逆もまた真なりというわけです。
つまり、天皇は日本の歴史そのものであり
天皇を敬うことなくして、日本の歴史
を敬うことは出来ないと思います。
国体は・・・考え中です(涙)

あとは、ランスさん、野次馬三太さん、Merkatz提督
(御二方ともはじめまして!)が言われていることに
敢えてつけたすことはないです。
10 ナマエ:あぷろ 1999/11/19(Fri) 00:56:25
(作者注:「あぷろ」というパーソナリティーは、以下の表現方法も含めて「あぷろ」という自我を構成しております。このように下品で、だからこそニュートラルで、極自然で肩の力を抜いた、街を歩いているアンちゃん的立場こそ「あぷろ」のパーソナリティです。故に、表現方法を変えれば、それはもう「あぷろ」ではなくなってしまいます。このような理由で、表現方法は変更致しません。御不快なら、過去を含めて消去して頂いて結構です。このHPはそういう場所なのだと受け入れるだけの事ですから)

はっ、誰だ今のは?。天の声かい?。おいらちょっと気を失ってたよ。んなわけで、おいらのコメントだよー。

天皇・首相・閣僚個人に対する人望に頼って、戦争をするってー形はどーかねー。まあ戦争の現実において、個人の人望を利用するのはありだけど、民主主義国家が行う戦争というのは、国民が主体となり、国民が自らの国を守るため、自らのプライドにより戦うものだと思うんだよね。実際、そういう意識も育ちつつあるし、今為されている徴兵制度導入の議論に際しては、そんな思想で進められてる訳で、おいらはだからこそ賛成してるんだけどね。先進国はみんなそーだし、個人の人望を利用して戦争するのは、政治的に不安定で民度の低い発展途上国だけって感じだしね。無論、日本は先進国だからそうしろってんじゃなくって、国民一人一人がプライドを持って自立しなさいって事なんだけどさー。
ともかく初めからいきなり他人に頼るような依存度はどーかねー。自分の足で立たなきゃ駄目じゃねーかって思うよ。民主主義国家は、国民の一人一人の努力によって作られるものなんだからさ。実際、日本の民度は高いよ。阪神大震災だって、東海村の事故だって、暴動一つ起きゃーしない。国家を批判はするし、改革は求めても、打倒は求めない(オウム等の少数テロリストを除く)。それは自分達で作る国家であり、自分達の分身だからだと思うよ。状況はもう十分整ってるんだから、やんなきゃ駄目って感じかな。

それに現実問題として、もはや人心の糾合で戦う時代じゃねーって事もある。今は兵器が主役の時代なわけで、100万人が心を合わせて団結したって、一発ミサイルには勝てねーだろうね。現在は、非常に高度な訓練を受けた特殊な兵士が高性能の電子兵器を駆使して戦う時代なわけで、あまりに非効率的だから国家間では減少の一途を辿ってるゲリラ戦(戦略的拠点を潰して、あとは経済封鎖が基本)においても、100人の正規兵など、10人の特殊部隊にすら敵しえないだろうね。
フォークランドの場合だと、地上戦において世界最強の特殊部隊SASを有する英国が圧倒的優位のうちに勝利して幕が引かれたんだわ。補給においても、本土から一万五千キロ離れて、中間にある英国領のアセンション島からさえ七千キロ離れている補給線上の圧倒的不利にも関わらず、英国兵士は十分に飯を食い、僅か七四〇キロのアルゼンチン兵は食糧不足で栄養失調に陥っていたんだ。
例え少数であれ、不利な条件があれ、優秀なシステムと高度に訓練された専門の兵士相手では、急造兵士は役に立たない証拠だろーね。まあ徴兵された兵士が全く無意味なのじゃなく、本土防衛時なんかの防御兵力としての警察的使用には役に立つと思う。ただし現代において、攻撃における有効戦力とは考えにくいねー。

次に、人心の糾合が現実として可能かって点だけど、今の天皇の求心力は極めて薄いと思うよ。そーゆー事するには、洗脳が不可欠だと思うけど、皇室の場合は、土曜の早朝に皇室アルバムをやってるぐれーだもん。無理なんじゃない?。
おいら個人で言えば、天皇を奉じて団結しましょうって言われるのは屈辱的だね。何故かってーと、おいらには国民の一人として、日本を支えているというプライドがあり、日本を作っている一人だという自負があるからだよ。これは、日本に暮らす全員が持っていいプライドだと思う。小学生のガキだって、お菓子を買って消費税を払えば、それで立派に日本を支える柱の一つだ。日本はおいらの国で、おいらの作る国だからそれを守る為になら命を捨てて戦おうとも思う。それこそが、民主主義国家というものだと思うし、民主主義国家の国民のあるべき姿だと思う。だからその気持ちを、たかが一個人への忠誠心へすりかえられるのは、おいらには我慢ならないねー。そんな理由じゃー、死んでも死に切れないって感じかな。たった一つの命を捨てる事の意味は、おいらにとってそこにはないから。一度きりの死の意味を汚されるってーのは、耐え難い屈辱だよ。
無論、天皇が好きだからって天皇の為に戦う人がいてもいいと思う。国家の為に戦うって言っても、理由は人それぞれだから。まあ共通するのは、それが命を捨てるに値する理由って事で、その理由を大切にする事は、それが死にゆく者に対して最低限の礼儀じゃねーだろうか?。

あとちっょと話は違うけど、別の意味でも「戦争に天皇の名を使う」的発言は控えた方がいいと思うよ。最近、広島の教育問題がよく話題にされるけっど、あそこでは授業で「昔、日本国民は天皇陛下の為に死ねと教えられた」と子供に教えつつ左に傾斜していったんだよねー。現在は、その極端な思想を修正しようと各方面から一生懸命努力している最中なんだ。
だから、それを肯定するが如き言動は慎んだ方がいい。良識的な右翼の足を引っ張る事になるよ。天皇制反対者に口実を与える事にもなるしねー。おいらとしては、天皇制はどうでもいいけど、それが元で共産化が進むのはちょっと困るねー。

11 ナマエ:あぷろ 1999/11/19(Fri) 00:58:10
天皇を神聖視していたい人は、別にいーんじゃねーの。なんつーか、日本国の神主さんとして大切にしたいって気持ちは、個人の自由だと思うからさー。でもま、おいらの好き嫌いも個人の自由だと思うんだよね。んでもって、天皇に権威をまるで感じないってーのもおいらの自由だと思うんだね。権威にひれふしたい人は好きにすればいーんじゃねーかな?。ただ、おいらは単なる血統にひれふす趣味はないってだけの事だよ。てめーの事を下々って言って自虐する趣味もねーし。
権威と権力の分化ってーのは、んなわけで分化する以前にまるっきり認めてねーからさ。まー権威の好きな人だけ恐れ入ってりゃーいーじゃんって感じかな?。それを日本の知恵と呼ぶのも、偽善と呼ぶのもどっちでもいーよ。あと天皇さんの性格(パーソナルな部分)は、おいらも公的には問題ないと思うよ。あいつは性格が悪い奴だから潰してやろう…なーんて考えは間違ってると思うもんね。

それから、クリントンとかヒットラーみてーな人を、一方的に悪い面だけ上げるのはどーかね?。どっちも悪い面はあるけど、アメリカとドイツの経済を回復させたってー功績もあるよ。ただ一人の人間が生きて、その過程で功罪があった…ただそれだけの事じゃねーのかなー?。

父祖を尊び、社会と歴史に感謝するってーのは、別にいーんじゃねーの。結構な事だよ。ただ寝言を言ってるだけで、リアルな現実から背を向けるってんなら話は別だけどね。念仏唱えて衰弱死ってーのも、個人でやるぶんにゃ問題ねーけどさ。

12 ナマエ:野次馬三太 1999/11/19(Fri) 09:54:59
>今は兵器が主役の時代なわけで、100万人が心を合わせて団結したって、
>一発ミサイルには勝てねーだろうね。

ベトナム戦争ではどうでしたか?
非正規軍が優秀な装備の米軍をやぶりましたよ。
支那大陸ではどうでしたか?
我が陸軍はよく一個連隊で敵一個師団を撃破しました。
ほぼ全戦全勝でしたが、重慶政府を屈服できませんでした。

兵器は主役ですけど、最終的に勝利するのは「人の心」だと思います。
本土決戦を企図した理由は、このような「焦土戦術・全ゲリラ戦による勝算」
によりました。

>次に、人心の糾合が現実として可能かって点だけど、今の天皇の求心力は極めて薄いと思うよ。
>そーゆー事するには、洗脳が不可欠だと思うけど、
>皇室の場合は、土曜の早朝に皇室アルバムをやってるぐれーだもん。無理なんじゃない?。

明治維新はどうですか?
江戸時代、貴殿のいわれる求心力とやらは、今日以上になかったはずです。
我が国で全国民を統合させる力(これは物理的なものではありません)は
天皇しかありえません。
皇室アルバムのことなど、流行歌手と同一に論じている
「次元の低いたとえ」ですね。
さらにゆうと、
天皇を奉じてこそ日本で革命は成就するといわれています。
「君たちが、天皇と一言いって呉れれば、いっしょに行動する」と、
全学連の連中に言ったことを、ランス局長から三島の話題が出たので
思い出しました。

見解の相違としかいいようがないですが、
目に見えない求心力は「極めて高い」と思いますね。

それから
崩壊後のソビエトは「ロシア」を名乗っているばかりか、崩壊直後はロシア帝国の国旗を振る人々であふれましたよ。
結局、最後には国の中心として仰ぐものを彼らは求めたのかもしれません。
まあ、ソビエト/共産主義への反動とも言えますが。
13 ナマエ:あぷろ 1999/11/20(Sat) 01:35:47
ベトナム戦争で、非正規軍がアメリカを破ったと言う人がいる。これはちょっと違うんだよね。アメリカには軍産共同体っていう、戦争が長引けば長引くほどお金を儲ける連中が、政府の中枢深くまで食い込んでいた。そしてその連中が、戦争が長引くように政治操作を行った。電子戦の要とも言うべき航空兵力は、セット・ターゲット(上層部に決められた標的)しか攻撃を許されなかった。つまり、敵を発見しても攻撃しちゃいけなかった。こういう状態では、とても軍事的に破ったとは言えないね。
北爆でぼこぼこにした時なんか、あともうちょっとで勝つってとこで、それまでパリの和平会談を拒絶してた北ベトナムがそれを要求し、国内で反戦運動が盛り上がっていたアメリカの政治家がそれを受け入れちまった。つまり、ベトコンが軍事的に破ったんじゃなくて、アメリカが政治的に手を引いたって見る方が正しい。
特殊部隊で言えば、アメリカにはLRRPがあった。LRRPに比べたら、ベトコンは格闘技が出来ないし、夜は懐中電灯無しで動けないし、コンパスが使えないから川や丘をたよりにしか歩けなくって、そこで待ち伏せされて殺されまくった。ベトコンが勝ったとしたらそれは正規兵で、特殊部隊ではないんだよ。
とにかく、本気でやってたらアメリカが勝っていた。でもアメリカは最終的に、戦争より経済封鎖を選んだ。それでベトナムは経済で破滅的打撃を受けた。アメリカに気兼ねしていた世界各国が国交を回復するまで、ベトナムはアジアで最も貧しい国だった。つい最近まで、電話線すら引く事が出来ず、ベトナム戦争時代の道路の穴すら補修できなかった。逆に、アメリカはびくともせず、繁栄を謳歌し続けた。戦争というものが、どこからどこまでを指すのかは難しいけど、戦争は政治手段の一種でしかないという点を考えると、アメリカは別に負けてなかったと言える。
それから、ベトナム戦争以前の例が出してあるけど、本気なのだろうか?。現代の戦争(ICBM、SLBM、スティルス、ECM、ECCM、FCS、ヘッドアップディスプレイ、チャフ…もう書ききれないほどの高性能兵器達)と大東亜戦争を、兵器の次元において同レベルに考えているのだろうか?(おまけだけど、この時代でさえアメリカは月産2発のペースで原爆が製造できた。それでも本土決戦で勝算があったっていうのだろうか?)。
もし本気なら、もう何も言う事はない。おいらが、この人と軍事を語ることは二度とない。

あと明治維新での天皇の求心力なんだけど、明治維新は武士階級という限定された人々によって行われた革命だ。奇兵隊とか百姓兵はいたけど、あくまで武士階級によっておこなわれた革命なんだ。そして当時の武士階級では、今で言う極右的思想が大流行していた。所謂、尊皇攘夷だ。その流行思想を求心力に利用して実行した革命が明治維新なんだ。これを全国民レベルの求心力と同一視するのはおかしいと思う。

皇室アルバムを「次元の低いたとえ」っていうのは、それでいいのかなー?。如何なる理由があれ、彼らはそれを許可してるんだよ。彼らはそういうものを認めているんだ。となると、そーゆー次元の低いものを許可するような皇室もまた、次元が低いって事になる。おいらは別にいいけどさ。そっちは困るんじゃないかい?。

天皇を奉じてこそ日本で革命は成就するって人がいる。三島は失敗してるし、状況からして相手にもされなかった。その事実を踏まえた上で、まだそう言うのはおかしいと思う。
全国民を統合させる力は天皇しかないって説は、個人が信じる分にはかまわないと思う。だって、これはもう宗教だと思うから。キリスト教徒が神の存在を信じているように、天皇教の信者は全国民を統合させる力を信じている(三島は失敗してるけど)。おいら個人としては宗教は大嫌いだが、「公」の立場としてはこれを認めなければならないと思う。だから、オウム化でもしない限り、別に文句を言うつもりもない。
ただ一つだけ聞きたい事はある。こういう人達は、皇室費用を自分達だけで負担する覚悟はあるのだろうか?。色々、綺麗事を言っているが、皇室費用は天皇を否定している人達にも負担させている事実をどう考えているのだろう?。歴史をどうこう言っても、それは彼らの信じる史観であり、価値観でもある。
「公」とは社会全体の公利を考える立場であり、歴史がどうあろうと、社会全体の公利を損なうようであれば、それはもはや「公」とは呼べない。皇室を尊しとし、国民の精神に良き影響を与えると主張しても、そのような精神を国民の大部分が受け入れない場合、それは一部の偏狭者による「私」でしかなくなる。
無論、現状がそうだと言うのではない。しかし、そうなった場合、彼らは皇室費用を自分達でのみ負担する覚悟があるのだろうか?。自分の権利や主張を押し付けるだけで、義務や責任を果たさないというなら、そんなものかと思うだけだけど。

14 ナマエ:ランス/鐵扇會 1999/11/20(Sat) 03:51:08
>それでも本土決戦で勝算があったっていうのだろうか?

野次馬三太さんの言う「勝算」というのは戦争全体の勝利のことではなく、局地的な、戦術面での勝利のことを指しているのだと自分は考えます。
(違ってたらスイマセン・・・)
なぜ陸軍が本土決戦にこだわったかと言えば、国体を護持することはもちろんのこと、中国での戦闘を除いて、日米間では大規模な陸戦が行われておらず、髀肉の嘆をもらしていたからです。
最後にドカンと日本陸軍の死に花を咲かせて、米軍に大打撃を与えれば、有利な講和条件が得られると考えたということです。
最終的には当然負けます。
それは誰が考えたって、わかります。

>天皇を奉じてこそ日本で革命は成就するって人がいる。三島は失敗してる

あぷろさんの反論は、三島事件直後の「朝日新聞」の批判とほとんど同じですね。つまり「天皇に帰一する日本民族という大きな虚しい虚構であった」という朝日の見解と大筋は同じなのではないかなと思います。

こういう主張こそ、日本の歴史・文化を否定し、日本という国を歴史的に分断するものだと考えます。

>歴史がどうあろうと、社会全体の公利を損なうようであれば、それはも
>はや「公」とは呼べない

歴史というものも公に含まれてしかるべきではないかと思います。
長い年月を経て培われてきたもの、先人達が命をかけて守ってきたものを我々が引き継ぐ。皇室の存在感が薄れた時代もあったが、現在こうして残っているのはどうしてかと考えてみるべきでしょう。
何より、日本の歴史を通して存在する、大事な文化なのですから。
ちょっと例としては不適切かもしれませんが「慣習法」なんてのがありますね。これなんか昔ッからの決まり事がその一定の地域内では公の決まり事となっているわけです。(・・・自分でもヘンな例だと思うので、あまり気にしないで下さいな。)

>歴史をどうこう言っても、それは彼らの信じる史観であり、価値観でもある。
>皇室費用を自分達だけで負担する覚悟はあるのだろうか?

その史観が左翼によって曲解された情報が国民に流されていて、国民の価値判断に多大なる影響を与えているのが許せないのです。
汚点ばかりを指摘したり、意味がないとか、ある時は政治的発言するなと言うし、ある時は政治的発言を求め(韓国に天皇自ら謝罪すべきとか)たり、もうめちゃくちゃです。
およそマスメディアに求められる「公正な視点」が無いに等しいのです。
普通、反対論者の声取り上げたら賛成論者の声も取り上げるべきでしょう? それが無いのです。特に・・・朝日。

皇室費用は国で負担して当然のものではないでしょうか。
個人で金をだすなら、どっかの宗教団体のお布施と同じことです。
皇室とそれら宗教団体を混同されては困ります。
15 ナマエ:あぷろ 1999/11/20(Sat) 05:03:18
おいらが三島の失敗を言うと、それは日本の歴史・文化を否定し、日本という国を歴史的に分断する事になるそーな。
「三島は失敗している」…これは主張ではなく、事実です。この事実から何を教訓とするかは、個人の課題でしょう。どのように不快な事実であろうと、そこから目を背けない勇気は必要だと思います。事実から目を背けて作られる、偽造された歴史や文化に価値があるというのなら話は別ですが。

「公」の原則は社会全体の公利です。慣習法は、社会全体の公利にかなうなら、それは「公」に組み込まれてもよいものであると思います。逆に、部落差別等の慣習は「公」の原則に反するので駆逐されるべきでしょう。
歴史や文化を愛する気持ちは個人の情です。すなわち「私」です。しかし何かを愛する気持ちは、社会全体の公利に反しないので「公」はその存在を許容まではすべきでしょう。ただし、歴史や文化は視点によって異なるという特性を持つものです。故に、場合によっては己の視点による歴史や文化を愛するあまり、社会全体の公利に反する行為(価値観を同じくしない者に対する罵倒、暴力)が発生する可能性があります。その証拠にこの掲示板でも、天皇10周年の記念式典で天皇陛下万歳を言わない者はボコりましょうなどと言う大変不心得な人物がいました。このような行為は、断じて「公」とは呼べません。故に、歴史はその存在を肯定されるのみで、「公」に含まれるべきではないでしょう。

史観については、左翼には左翼の史観があり、右翼には右翼の史観があります。どちらも個人、或いは一部集団の見解…「私」です。「公」はその両方の存在を許容し、自由な議論を保障するにとどまるべきでしょう。どちらかへの一方的な肩入れは、「公」を「私」へおとしめる事になり、社会全体の公利という原則が崩れてしまいます。

皇室費用は負担しないという意見は分かりました。右翼の覚悟とは、たった一人でも皇室をお守りし、どれほど凋落されようとも、その生活をお支えするまではいかないという事ですね。

16 ナマエ:ランス/鐵扇會 1999/11/20(Sat) 15:23:30
あの・・・自分の発言から「右翼の覚悟はこの程度」などと言われては困ります。なにせ自分は右翼じゃないですし、値するだけの知識もないですから。

>たった一人でも皇室をお守りし、どれほど凋落されようとも、その生活をお支>えするまではいかない

いえいえ。
大東亜戦争が終わった後、「皇統護持計画」が一部の人間により行われました。結果は陛下が安泰であったために、とりあえずは自然消滅という形になりましたが・・。
これはあぷろさんの言う、「たった一人でも〜」への反論となる出来事です。
参加したのは海軍では源田大佐とか富岡少将(戦中には軍令部第一課長)など10人ちょい(?)。もちろん陸軍でも同様の動きがありました。
この時は、彼らはいろんな山奥に行って、皇族をかくまうに最適な場所を探しました。
ちなみに陸軍のグループは中野学校卒業者を中心として作られ、血統正しくしかも目立たない宮様ということで北白川の若宮・道久王をかくまおうとしました。

かくまうというからにはもちろん費用も全部自分もち。
同志から金を集めて、なんとかやっていこうというもの。
準備金は軍令部から機密費として出されたようですが・・・。

右翼ではないですが、同じく尊皇の意気に燃えた人間として共通する部分があると思います。イザとなったら自分だってやりますよ。
平時から「天皇を敬愛する人からの金のみで皇室を守る」という議論はどうでしょうか。明らかに打倒天皇制の思惑が見え隠れしています。
ま、それは思想の自由ですから、なんとも言えませんが。

ここで、一番最近の国勢調査の記録を知ってる方いませんか?
おそらく
 絶対的な天皇陛下を信奉する方は数%でしょう。
 打倒天皇制の方も数%でしょう。
 そのほか大多数の人はなんだかんだ言っても皇室に敬意をもってるでしょう。

(古い本では国勢調査の結果をこう分析してたので書いたのですが、最近の事情は知らないので、教えてほしいと思います。) 
17 ナマエ:あぷろ 1999/11/20(Sat) 23:40:02
皇室費用の件は、全然気にしないで下さい。これはおいらのまったく「私」の興味からの質問ですので。
皇室をお守りするか?…といきなり聞かれ、咄嗟に「守る」と答えるか、咄嗟に理屈を言うか、どっちが先になるかをちょっと知りたくなっただけですから。まあできれば、もっと沢山のデータが欲しかったところですが、この手は一回きりしか使えませんしね。
18 ナマエ:旗御飯/鐵扇會 1999/11/18(Thu) 14:43:06
一連の書き込みを見ながら情けない思いにとらわれていた。
そこに見られるのは、肥大化し、絶対化された自我、
総てを物理的で刹那的な自利の達成のために利用する対象と
しか見ない軽薄で浅ましく幼稚な価値観。
父祖を尊ぶ気持ちも、社会と歴史に感謝する気持ちも何も見えない。
自分が一番重要で、結局自分さえ儲かって楽が出来ればそれでいいと
いう種類の人間が増殖する現代日本の病理を見せ付けられたような気が
した。

19 ナマエ:野次馬三(チョットづつ名前かえます) 1999/11/18(Thu) 19:00:50
まったく同意見ですが、
そこにとどまっていては、解決にならないのもまた事実でしょう。

仮にも(遊び半分としても)研究会を名乗り、会議室(掲示板)で
或る以上は、きちんと対応すべきと思います。

国民一人一人が意識を変えていくことを私は希望し、実践していくつもりです。
はばかりながら・・・
及ばずながら・・・・
僭越ながら・・・・・

各位の同意を求めるものです。
20 ナマエ:ランス/鐵扇會 1999/11/18(Thu) 23:32:46
>父祖を尊ぶ気持ちも、社会と歴史に感謝する気持ち
>現代日本の病理を見せ付けられた

はい。
ごく当たり前のことであるはずなのに、軽薄なものとなってしまっているのは事実です。
まさに価値観の崩壊。

妙な個人主義のせいで、若者は無軌道な生活を送る。
そこにあるのは自分だけ。他人はどうでもいい。

一方では、未だ根強い西洋コンプレックスからくる運動。
「外国ではこうしているから」と日本に合う、合わないを問わず何でも取り入れようとするヘンな精神。
果ては「世界の定説」とミイラ化した死体を「生きてる」と胸を張って主張するライフスペースのような怪奇セミナーまで現出するに至りました。

もう病気です・・・。

>国民一人一人が意識を変えていくことを私は希望し、実践していく

同じくです。
このままでいいはずもない。

21 ナマエ:あぷろ 1999/11/19(Fri) 23:03:15
上の書き込みを見ながら情けない思いにとらわれていた。
そこに見られるのは、公と私を混同し、絶対化された自我、
総てを個人的で発作的な感情の捌け口の対象と
しか見ないエゴイステックで浅ましく幼稚な価値観。
自らの感情を押え、「公」に物事を判断しようとする気持ちも何も見えない。
「私」の感情が一番重要で、結局「公」にどれだけ害を与えてもいいと
いう種類の人間が増殖する現代日本の病理を見せつけられたような気が
した。

22 ナマエ:人吉皇彦/鐵扇會  1999/11/20(Sat) 01:27:06
なーにが「作者注」なのだ(笑)。

削除されたら被害妄想抱くから覚悟しろって、そんな恥ずかしい事を言うつもりなら書き込みするない(笑)。

>天皇を神聖視していたい人は、別にいーんじゃねーの。
>父祖を尊び、社会と歴史に感謝するってーのは、別にいーんじゃねーの。
だったら、静かにしていたらいいのだぞ。
あんたはどうも「天皇は日本には不要」と言う考えを持っているみたいだけれど、まず「国民の熟成云々」と言う視点からその是非を問うという姿勢が正しくないのだ。
それを言うなら神社やお寺も信心するものが昔ほどでなくなったと言うだけで廃止すると言う暴論がまかり通っちゃう。そんな手前勝手な態度でしょうもない理屈言わんでええぞ。
例えばもし、あんたが今の学校を卒業して、充分に収入が入る社会人になったら、その時は家族(父母)があろうとなかろうと、どうでもいいって考えてるの?
それと万が一、あぷろ君が結婚でもして「新たな家庭」を作って行く時、それまであんたたちを育ててくれた上の世代に対して、何も感謝する事や頼る事はないの?
この「国防研究会専用掲示板」へはどちらから来たのか知らないけれど、思想系に議論ふっかける前にもっと「人の情け」とか、そういうページで自分の心を洗い直して来たらええんちゃうかな。臣なんか汚れ過ぎて手遅れだけれど、あぷろ君くらいの歳なら、まだ大丈夫ちゃう?

23 ナマエ:あぷろ 1999/11/20(Sat) 01:54:52
神社やお寺の廃止については、おのおのの神主・住職等の最高責任者によって決定されるもので、彼ら個人の自由だと思う。つまり「私」の範疇に含まれる。無論、国宝や文化財指定されたものは「公」により保護されなければならないだろう。
おいらの家族についての事は全て「私」になる。それは「公」と同一レベルで考える事ではない。「公」の立場で語っているおいらのコメントと、「私」であるおいらの家族を比較しようとする段階で、その人は公私混同してしまっている。


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