[1:20] おまいへん、へんへんへん
1 ナマエ:旗御飯/鐡扇會 1999/11/22(Mon) 07:30:10
人格の話になるから名指しもせずにちょびっと書いたのに
やっぱ暴れてるな。しょうもない。

月ロケットのできそこないみたいなハンドルの人は、議論以前、って
なんで言われたかわかっちゃいない。まぁ、他にもこういうひとは
沢山居るからしょうがないけど、こういうやつが結局日本をダメにしてる。

「日本はおいらの国で、おいらの作る国だから」、だって。笑っちゃう。
遥か神代から父祖達が作り上げてきた、積み重ねの上に生んで戴いて
その歴史、文化の恩恵を身に受けておきながら、感謝の気持ちも敬意も
もたず、今の自分が理解できないことは勝手にかえちゃっていいとか
思ってる思い上がり。店潰す三台目タイプ。

野次馬三太さんが
「表現方法を再考願いたいものです。品性を問われかねないですね。」
って言ってるけど、そりゃ文章のスタイルのことじゃない。文章のスタイル
で言えばウチの代表なんて、君なんか目じゃない、困った単語書き連ね
ちゃう変なオジサンだけど、不思議と品性お下劣ってことで叩かれない。
君の場合全編を貫く不遜さと思い上がりが人に不快感と反発を与えてる。

戦後占領政策にどっぷり漬かって、その中で抹殺された日本の文化思想が
自分に理解できなければそれを即、否とする浅はかさ。2600年の永きに
わたって連綿と続いてきた皇室の歴史の重みも、「ダイアナファッション
とか言って国費を乱費するよーな人になったら、反対派に回る」とかって
いくばくかの金よりこの人の中では価値がない。

皇室の権威なんか認めないから権威と権力をわけた日本人の知恵なんて
知らんとか自慢してる。このひと馬鹿?とか思った。日本の権力の正統性は
皇室に依ってきた、ってのは紛れもない事実。今だってそう。それを自分が
わからないから知ったこっちゃねぇ、だって。

まぁ、結局はこの人は自分が一番偉い。欧米がどうのこうの
言うけど、欧米には伝統的には「神」ってもんがあった。人権とか
民主主義とか、その上に成り立ってる。今も根強いけど薄れちゃって
いろんな問題引き起こしてる。

人間は自分が一番偉くなったらオワリ。議論以前とか
言ったのはそういう意味。

聞きたいけど、君、自分より偉いもんないだろ?どうだ?
言ってみ?

2 ナマエ:旗御飯/鐡扇會 1999/11/22(Mon) 09:43:06
あと、この話はこの板にはそぐわないとこに
いってるからランス君には悪いけど、どっかに
移動しよう。

とりあえず下でやろう。

3 ナマエ:あぷろ 1999/11/22(Mon) 23:44:27
おいらの「公」の考え方が、日本をダメにしているという意見がある。いいと思う。反対意見はあった方が健全だから。

おいらが不遜で思い上がっていると言う人がいる。そうかもしれない。

皇室の権威に対する意見は変わらない。おいらは皇室の権威ではなく、「公」の思想が尊いと思うから。欧米の神に対しても同じ。

「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」。これが、おいらの人間に対する考えです。
4 ナマエ:MUTI 1999/11/23(Tue) 15:11:10
はじめまして、あぷろさん。MUTIといいます。
いきなりですみませんが、質問させていただきます。
> 「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」。これが、おいらの人間に対する考えです。
質問1 あなたの考える「天」とは何でしょう?
質問2 あなたは、「天」を信じておられるのでしょうか?
以上、2点、教えていただきたくおもいます。
5 ナマエ:あぷろ 1999/11/24(Wed) 00:03:45
おいらの考える「天」とは何か?。
この場合の「天」は「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」という文に限定されております(考えたのは福沢諭吉ですが、おいらなりに独自の解釈をしました)。結論から言えば、論理における都合上の抽象概念です。人より高次の存在(絶対者として振舞える能力を有するもの)を仮定的に設定し、人間の平等性を表現したものです。例えるなら「昔々、おじいさんが住んでいました…」と大した違いはありません。無論、おいら以外の方による様々な「天」の概念もあると思います。

おいらは「天」を信じているか?。
おいらにとっては、信じる信じない以前の問題です。つまり、それ以前のゼロの状態です(おいらからするとこれは独立した答えなのですが、別の人からすれば信じてないと分類されるかもしれません)。許容している状態だとも言えます。あってもいいし、なくてもいい。その意味では存在を信じているとも言えます(存在を受け入れていますので)。「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」という文における「天」に対しても、それ以外の「天」(人間の創造主とか、運命の支配者だとか、ただそこにあるだけの人間のロジックでは理解不能の超越的存在とか、量子力学における不確定性の揺らぎといった自然の確率的現象)に対しても同じです。あるがままに受け入れます。まあ存在するかしないかは不可知論に到ってしまうと思うので、ヴィトゲンシュタインみたいに、語り得ぬものに対しては沈黙を守るしかないのかもしれませんが。
ただこれだけは言えます。おいらが現実の施策を「天」を基幹において考える事はありません。無論、信仰を基準にした施策というのもあると思います。
6 ナマエ:xxxx 1999/11/24(Wed) 01:37:05
あぶろさん
「天は人の上に人をつくらず、云々」において、福沢諭吉は天を
どう考えていたのでしょうか? 
 作者の心を知らずして引用するのは安易にすぎると思うが、この
有名な文句の前後の文章を教えて下さい。私、その本持ってないのですが
文脈からして、この有名な文句は、ふつう言われている意味とは若干
ニュアンスが異なる意味で福沢は用いている、と聞いたことがあります。
7 ナマエ:あぷろ 1999/11/24(Wed) 06:36:05
福沢諭吉が天をどう考えていたかは知りません。作者の心を知らずに引用するのは安易かと言われれば、そうかもしれません。おいらも「天は人の上に人をつくらず、云々」の部分しか知らないので、残念ながらその前後の部分はお教えする事は出来ません。どうか御自分でお調べになってください。
8 ナマエ:MUTI 1999/11/24(Wed) 22:12:38
ご回答いただき、ありがとうございます。
新たな疑問が生じましたので、すみませんが、重ねて、質問させていただきます。

(2より)
> 「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」。これが、おいらの人間に対する考えです。

(3での、私の質問1)
> あなたの考える「天」とは何でしょう?

(4より)
> 結論から言えば、論理における都合上の抽象概念です。人より高次の存在(絶対者として振舞える能力を有するもの)を仮定的に設定し、人間の平等性を表現したものです。例えるなら「昔々、おじいさんが住んでいました…」と大した違いはありません。

 あぷろさんの考えとしては、
「人の上に人を作らず、人の下に人を作ら」ないこと、「人間の平等性」も、
「仮定的な設定」であり、おとぎ話と同じなのでしょうか?
9 ナマエ:あぷろ 1999/11/24(Wed) 23:11:42
「人の上に人を作らず、人の下に人を作ら」ないことと「人間の平等性」は、おいらの主張です。故に、仮定なのかもしれません。そういう国にしたいという願望で、これからそう行動したいものです。無論、そう思わない人もいるかもしれません。
10 ナマエ:MUTI 1999/11/26(Fri) 01:36:04
すみません。
あぷろさんのおっしゃることが、浅学の私には、よくわかりませんので、
また質問させていただきます。

自分が
本当だ、正しい、と思っていることを主張するのは、自然なことでしょう。
本当のこと、正しいことがわからない場合、
わからないことについて、よく考えてみるために、
仮定の上で、検討・議論したりすることも、当たり前のことでしょう。

人間が、自分自身で、仮定かもしれないと考えていることを、
そのまま同時に主張し、願望し、行動の目標にするという事は、
どのようにすれば可能になるのでしょうか?
11 ナマエ:あぷろ 1999/11/27(Sat) 00:35:31
>人間が、自分自身で、仮定かもしれないと考えていることを、そのまま同時に主張し、願望し、行動の目標にするという事は、どのようにすれば可能になるのでしょうか?

凄い事を考えていらっしゃる人がいますね。可能かどうかという点について、究極的にやるやらないの問題になるのではないでしょうか?。
おいらはこう考える事があります。主張というのは、もしその主張が正しかったとして、今日は正しかった主張が、明日も正しいものであるという保証はないのではないでしょうか?。特に、政治と呼ばれる次元のものは複雑で、その上流動的で、常に変化する事を前提としているのではないでしょうか?。その意味で、主張とは永遠に仮定の域を出ないのかもしれません。おいらは、自身の主張も願望も行動の目標も、今この瞬間に自分が正しく感じられるものに過ぎないという諦観を併せ持っています。それを自己の条件にしています。
12 ナマエ:MUTI 1999/11/29(Mon) 02:09:38
 私が何編も質問するため、ページ上、たどり着きにくくなってしまいました。
また、内容も、管理者さんの明示している題「国防研究会 専用掲示板」とは異なっています。
あぷろさんがよろしければ、返事をもらった後で、もう一つの掲示板、
「総合BBS」の方に移動したいと思いますが、いかがでしょう?

 さて、重ね重ねの質問です。
 あぷろさんの、おっしゃっていることは、次のような意味でしょうか。

あることを正しいとみなす人間と、
同じ事を仮定だとみなす人間は、同一人物でも、本当は別人である。
13 ナマエ:あぷろ 1999/12/01(Wed) 00:19:32
>あることを正しいとみなす人間と、同じ事を仮定だとみなす人間は、同一人物でも、本当は別人である。

おいらとしては、同一人物です。仮定という限界の中で、正しいと「感じる」しかなくて、その事を自ら知っているという事なんですよ。まあ早い話が、自分が狂信者になってしまわない為の自己セーフティなんですけどね。
「総合BBS」への移動は、おいらの方もOKです。
14 ナマエ:旗御飯/鐵扇會 1999/11/24(Wed) 14:17:22
鐵扇會の質疑応答板へご案内したつもりなんだけど
『下』って書いたのが実はこの板では『上』にURL
でちゃうんだね。移動しよう、ってことだったんだけど。
まぁ、いいや、もし鐵扇會サーバーへ書き込むのが不安なら
(別になんにもないけど)僕の管理してるt-cupの板ならいいだろ。
そっちにお返事も書いたしね。

あ、来る前に宿題だ。
http://www.tetsusenkai.net/genki/shikishima/genkidazo.htm
↑これ読んでから来て。菊の御紋の下のほうにリンクが隠れてるから
それ読んで。うちの代表はもう出てこないけど、ここに亡骸(笑)が
あるから。別にシャクティパットとかしてミイラになってるわけじゃない。
君のことボコリに甦ってきたりしないから怖くないぞ。ドドンゴも呼ばない。
15 ナマエ:野次馬三 1999/11/24(Wed) 19:42:12
連休あけです。再開します。(旗御飯さん借用しますよ)
整理しましょう
前々回の優秀な武器があれば、人的要素(人口・愛国心?)など問題ではない との貴殿に対し、
私は「米軍はベトナムを屈服できなかった」という例に出した。
貴殿は
「いや、あれは実は米軍の勝利で、〜
>とにかく、本気でやってたらアメリカが勝っていた。でもアメリカは最終的に、
>戦争より経済封鎖を選んだ。それでベトナムは経済で破滅的打撃を受けた。
としています。

ベトコンを特殊部隊などとは申しておりません。
ご存知でしょうが、非正規軍=特種部隊ではありませんよ。
それから、
米国が軍需顧問団を1950年代?から派遣したり軍産複合体が政治の中枢と結託したり・・・ということは、指摘されるまでもないですね。
貴殿のいわれる通り、どこまでを「戦争」とするかによって大きくかわる問題ですが、ベトナム戦争は一般的に
『最終的に北を屈服できずに米国は撤兵した』少なくとも米国が勝利したことにはなっていません。
経済封鎖云々は何もベトナムのみ対象としたことではなく、しかも撤兵を条件にしたものとは考えにくい。
・・・日露戦争を例にしましょう。
まさに日本はベ戦同様、押しまくっていましたが、大ロシアにとってみれば所詮は極東の局地戦だ。
結果的に日英同盟もあって講話が成立したが、時のニコライ皇帝の強行姿勢もあって賠償問題は難航しました。貴殿の理屈だと逆説的にはあれも
『実は本気でやればロシアが勝っていたのでロシアの勝利』だとでも?
『内憂/革命があったので停戦に応じたので、日本の勝ちとは言えない』とか?
確かに、後備役まで召集しようとする日本に継戦余力なく、
欧州方面が正面のロシアは充分余力があった。
日本が首都ぺテルベルクを占領することなど100%考えられなかったが、
ロシア軍が東京(はともかく)や本土に上陸してくることは充分考えられた。

が、が、が!その状態をもって実はロシアの勝ちである、などとする人間は
今まで20余年生きているがおめにかかったことはない。
もしかように言われるなら歴史の曲解以外の何者でもないと思うが、
どうでしょうか。
====================
私の本旨はベトナム戦争でどちらが勝ったか、ではなく
米軍が圧倒的優勢だったが、最後には撤兵したという事実より
武力紛争では武器の優劣が絶対ではない、ということです。
====================
次に本土決戦ですが、
>おまけだけど、この時代でさえアメリカは月産2発のペースで原爆が製造できた。
>それでも本土決戦で勝算があったっていうのだろうか?)。

あの戦争にも暗黙のルールがありました。
ドイツはロンドン空襲を最初は許可しませんでしたし、
我が海軍が「クリスマスプレゼント」と称して、昭和16年12月24日、
伊号潜水艦による米西海岸砲撃を検討しましたが、軍上層部は許可しませんでした。原爆の候補地は、広島・小倉・新潟・長崎 で京都や東京は入っていません。
あの時点でも原爆は「抑止力」として存在していたわけで、
相手(日本)が最後の1兵まで戦うのであれば、原爆の数など全く問題には
ならない=抑止にもならないと思いますが?
本土決戦で彼我入り乱れた戦線に原爆をおとしまくるのですか?
いや、そもそもそんなに原爆を落とすつもりならコロネット作戦など立案しなかったと思いますが?

局長は戦術的なことではないか、と援護(サンキュー!)してもらいましたが
本土決戦で戦術的勝利などありえません。(ゴメン!)

私が言う本土決戦の戦略的勝算とは
「犠牲を省みず出血を強要する日本軍の抗戦意欲の高さに厭戦気分が増し、
自軍(米軍)の犠牲の多さから、米側から日本に講和を求める機会を作る」
ということで、これは、当時の軍・政府首脳の方針でもあります。
(他に、一撃後和平というのもありましたが)
地理も状況も異なるので一概に比較できませんが、ベトナム戦争と酷似しているでしょう。
むろん実際に行われたとしても、これを以って「日本の勝利」とは言えません。
だが、貴殿のような言わば「兵力至上主義者」に対しては、良い教訓となったはずです。
原爆があれば相手は降参するという単純図式は、ボードゲームの世界の話では。

>もし本気なら、もう何も言う事はない。
>おいらが、この人と軍事を語ることは二度とない。

いや、是非とも解説の続きを願いたいものです。
ifの話を進めてもあまり意味はないかもしれんが・・・
16 ナマエ:野次馬三 1999/11/24(Wed) 19:45:52
次に、皇室アルバムに何をこだわるのか不明です。
あれは宮内庁が認可し企画に参加しているものの、『是非放送してくれ』と頼んでいる番組ではないですよ。代理店経緯のスポンサーも付いていますし。
マスコミ露出が多い=認知される=一種の情報操作 的な先入観ではないですか?
そういう発想が次元が低いと思いますが?
視聴率は低くてスポンサーも局も本音の部分では継続に意欲が薄い番組・・・
皇室アルバム同様の放送枠がかわった長寿番組として
『遠くへ生きたい』『題名のない音楽家』『全日本プロレス』などがあります。
ただそれだけの話です。
なにか独自の情報でもあれば是非ご呈示願いたい。

次元の低いものを宮内庁が許可しているのではない。
貴殿がもちだす例えとして「次元が低い」と言っているのですよ。

そういえばもうすぐ三島先生の事件の日・・・
別に三島は失敗していませんよ。ある意味成功したとも言える。
訴えはしたが、直接革命をねらった訳ではない。ついでに言うと226の
青年将校も天皇は擁していない。
唯一8月15日の宮城事件(玉音盤事件)の時の近衛部隊は天皇を擁していた。
まあ、貴殿の本旨はそんなことではなく、
天皇を擁した革命が成就するか否か、ですが、今後同様のケースがない以上
この論議は並行線ですね。
せいぜい宗教の延長としか解釈できない人と、日本の歴史や文化の中心とする人ではかみ合うことではない。
明治維新で突如として勤王思想が「流行」したのではないでしょう。
鎌倉幕府も江戸幕府も武家政権でも皇室/宮中は権威として立派に機能していました。貴殿のいうところの「流行」とは、何千年もの間連綿と続く日本の歴史であって、背景にあるものに着目せずに流行思想などと批評するのは
おかしいと思う。

>色々、綺麗事を言っているが、皇室費用は天皇を否定している人達にも
>負担させている事実をどう考えているのだろう?。

まったく、なーーーーんとも考えないですね。
自衛隊を認めない者たちが国防費を収めたくない等々と同じで新鮮味がない。
同様のケースは、政党助成金や米軍おもいやり予算の場合など星の数ほどあります。私の回答としては
「いやなら日本国籍を離れればよろしい」ですね。

貴殿は戦後の制度改革によって皇室の私有財産は国庫に帰一されたのをご存じか?つまりそれまで膨大な私有財産を有していた皇室は、戦後は(占領政策だが)若干の債券類を除きほぼ100%国の予算に頼るものとなったので、今のような事態となるに至ったのです。

皇室予算を国庫でなく、有志で負担する覚悟があるか?ですと??
間接民主制の何たるかをわきまえない屁理屈としか言えない。
回答するにもアタイしない暴論・曲論ですね!

万々々々∞が一、皇室が貴殿の言われる公利に反することとなったら
誰も天皇を奉じませんよ。
予算がどうこうではなく、皇室は存在しえないですね。
そしてその時は日本が日本でなくなる時であり、
(こんなことは正直書きたくないが)
天皇が高天が原に御帰りになることを意味します。

次回は金曜日以降の予定・・・・・  長々失礼しました。
17 ナマエ:野次馬三 1999/11/24(Wed) 19:53:39
おまけ
冒頭の 〜ドドンゴも呼ばない
に、二重◎進呈します。旗御飯様
18 ナマエ:ランス/鐵扇會 1999/11/24(Wed) 23:36:54
野次馬さんへ。

後で自分の文読み返してみたら、戦術じゃなくて戦略かたってた(笑
すいません、言葉を間違えたようです。
有利な講話・・云々の下りはどーかんがえても戦略ですよね・・・。
失敬しました。

19 ナマエ:あぷろ 1999/11/25(Thu) 03:10:42
まず根本的な齟齬があると思います。
>優秀な武器があれば、人的要素(人口・愛国心?)など問題ではない
とは書いていません。
>今は兵器が主役の時代
と書きました。その例として「フォークランド紛争における地上戦」を出し「優秀なシステムと高度に訓練された専門の兵士相手では、急造兵士は役に立たない」と書きました。すべからく「今」というのが前提条件です。その意味で、ベトナム戦争も、フォークランド紛争すら過去のものになりつつあります。

ベトナム戦争について。
「ベトコン正規兵が勝ったとしたらそれは米国正規兵で、米国特殊部隊ではないんだよ」というつもりで書いた部分があり、その点で何やら齟齬があるようです。
>アメリカは別に負けてなかった
>本気でやってたらアメリカが勝っていた
とは書きましたが、
>米軍の勝利
とは書いていません。
>武力紛争では武器の優劣が絶対ではない
米軍が武器の使用を制限されていた以上、その結論は出せないと思います。つまり、武器の優劣を出せなかった戦争を使って、武器の優劣を語っても意味がないと思います。

ベトナム戦争以前について。
その時代にFCSやECMでもあったのなら考えます。

本土決戦の勝算について。
「米国は2発以上落とさず、候補地も変えず、暗黙のルールとやらを守る」…これは米国がそうしてくれるだろうという空想です。
「月産2発の原爆が製造可能、B29で毎月2発の原爆投下が可能。本土上陸作戦は不必要」…これは米国が実施可能だった戦術です。
それでも米軍が多大な犠牲を出して日本軍と戦ってくれるというなら、それもまた史観かもしれません。どちらにせよ、今の兵器とは別次元の話です。

皇室アルバムについて。
気にならないなら別にいいです。

三島の事件について。
自衛隊は蜂起しませんでした。それを成功と言われるのなら、そういう解釈もあると思います。

勤王思想について。
>当時の武士階級では、今で言う極右的思想が大流行していた。所謂、尊皇攘夷だ
と書きました。幕末の尊王攘夷とは、要するに黒船を撃ち払えという事でしょう。少なくとも、鎌倉時代にペリーは来ていません。元は来襲しましたが、幕末の尊王攘夷が「元を撃ち払う」というのは無理があると思います。

皇室費用の負担について。
負担する気がないのは分かりました。
20 ナマエ:野次馬三 1999/11/25(Thu) 10:50:32
回答いただきまして、どうも。

私のが長文で辟易されましたか?
少々「引きぎみ」ですね。気のせいですか。

たしかに齟齬+誤解があった気がします。
で、原爆投下云々は〜米国がそうしてくれるだろうという空想です。〜
でしょうかねえ?
開戦にあたり、
ドイツはイギリスを破るだろう→英国が負ければ米国も継戦意欲がなくなるだろう
という当初の目論見は「空想」といえますね。また
ソビエトに終戦の仲介を依頼する というのも一種の「空想」でしょう。
でも、原爆投下云々は飛躍しずぎと思いますが。

>負担する気がないのは分かりました。
これもねー、そういうことではないのですが・・・・
まあいいでしょう。
三島「先生」の「義挙」については、成功不成功ではなく、
文士としていろいろな意味で後世に残る言動を示した、(肉体言語というらしい)
という意味において
「成功かもしれぬ」ということです。
現象だけみたら、
『決起を促す演説を行い、聞き入れられず自殺した』の一行で終りですから。
私は、そういう通り一遍の解釈に汲みしません。


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