[1:8] 「日本海軍の終戦工作」という本
1 ナマエ:Hubbard 2000/01/27(Thu) 11:19:50
はじめまして。

実は、標題の本を読んで、「従来一般的に言われているようなことと
ずいぶん違う解釈だなあ」と感想を持ちまして、どうも釈然としない
ので、もしこちらの掲示板を御覧になっている、上記の本を読んだことの
ある方で何か感想をお持ちの方がいたら、それを聞かせていただきたく
書き込みをさせていただいている次第です。

私個人としては、この本の著者は見方が一面的で、なおかつ、結論先に有りきで文を綴っているという印象を受けた反面、いわゆる高木惣吉資料乃至
木戸幸一日記といった文献にいちいちあたった上で書いているところから、
そこそこの説得力はあるという感想も持ちました。(反論しようと思えば幾
らでもできそうでしたが。)

正直にいうと、要は、開戦と敗戦の責任を実質上昭和天皇に帰結させている
という、その点がどうにも「気に入らない」んですが。

本来なら、こちらの文書管理室等に掲載されている記事などを十分に読んで
勉強してから書き込ませていただくのが筋かとも思いましたが、これから
ぼちぼち読ませていただくということで御容赦ください。

2 ナマエ:ランス 2000/01/29(Sat) 12:22:42
ようこそ、初めまして。
その本は中公新書で出てるヤツでしたっけ?
チラっとみた覚えがあります。

>開戦と敗戦の責任を実質上昭和天皇に帰結させている
>という、その点

一番よくあるパターンですね。
天皇陛下お一人(もしくは東条を含め二人)に全責任を負わせて、国民は被害者(もしくは踊らされてただけ)と説きまわったのが共産党です。
情けないことであります。

東条には確かに負けた責任が日本人に対してあります。(米英に対してはない)
これは指導者だったのだから仕方がないことでしょう。
しかし昭和天皇はそもそも「開戦は避けられないか」とおっしゃってましたし、戦争中も「戦争はいかん」としきりにもらしていました。

それでも陛下は立憲君主であるという立場を守り「君臨すれども統治せず」で内閣の決定に従いつつ、その責任は御自らとられる覚悟をなさっておりました。
それはマッカーサーとの会見で「自分はどうなってもいいから〜」というお言葉に証明されています。

このように常に我々国民のことを思ってくださっている天皇陛下に対してそこまで甘えてよいものだろうか。
戦争責任押しつけ論は自分に言わせればなんと厚顔無恥か、情けないことかと思います。

最後にご意見ありがとうございました。

3 ナマエ:hubbard 2000/02/01(Tue) 11:36:10
> その本は中公新書で出てるヤツでしたっけ?
> チラっとみた覚えがあります。

そうです。纐纈厚という大学教授が著者であったと記憶しています。

>
> それでも陛下は立憲君主であるという立場を守り「君臨すれども統治せず」で内閣の決定に従いつつ、その責任は御自らとられる覚悟をなさっておりました。

私も、全て(と言うのは断定し過ぎかも知れませんが)は
この点に集約されるのではないかと考えます。
この本では、いかにも陛下が戦争肯定派であったかのようなことを、
木戸幸一日記等の資料の文言を挙げて証明しようとしている様ですが、
上記の視点に立てばそのようなことを証明すること自体が無意味であり、
また、資料中の文言に関連づけているところも、それは状況に応じた感想を
陛下が述べられている程度のものをこじつけているに過ぎない様です。

>
> このように常に我々国民のことを思ってくださっている天皇陛下に対してそこまで甘えてよいものだろうか。
> 戦争責任押しつけ論は自分に言わせればなんと厚顔無恥か、情けないことかと思います。

法制度等にはあまり詳しくありませんが、負け戦を戦った、あるいは戦に負
けた、そのことは、制度的な欠陥があったとしても曲がりなりにも法制上正
統な立法府行政府が存在していて、多数の国民、マスコミが後押しした状況
に鑑みれば、むしろ国民全員が陛下に敗戦の非を詫びる立場にあろうかとも思います。

これからも、いろいろ勉強させていただきたく思いますので、
よろしくお願いします。

4 ナマエ:MUTI 2000/02/02(Wed) 01:38:56
 Hubbardさんの文”「日本海軍の終戦工作」という本”に触発され、日頃
思っていることを、書かせていただきます。
 Hubbardさんや、ランスさんが紹介されているように、昭和天皇の
「戦争責任」を追求する人がいます。
「国のトップに立つ人が、その国の行動に責任をとるのは当然。」という、
非常に「わかりやすい」考え方がその、出発点のようです。
たしかに、「国で一番偉い」存在が天皇であることは、敗戦前の日本において
「自明の理」でありました。また、成文法でも、明治憲法の第1条には、
「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」となっているわけです。
かくして「天皇が一番偉かったんだから、天皇に一番責任がある。」という発想が、いわば「自然に」でてくるわけでしょう。そして、多くの
「昭和天皇戦争責任観」の根本にあるのは、正に、この一点であるようです。
 確かに、「一番偉ければ、一番責任がある。」というのは、常識的な考え、
感覚です。この「常識」がない組織・集団は、無責任で、まともでなくて
当然でしょう。故に、歴史的な事実や法的な面がどうあろうと、
「昭和天皇戦争責任観」を持つ人々がいるのでしょう。

 一方、昭和憲法の前文には、「ここに主権が国民に存することを宣言」と
あります。そう、国民一人一人は、主権sovereigntyをもつ
主権者a sovereignとなっているわけです。sovereignとは、主権者、元首の
ことであり、最上、至高を表す形容詞でもあります。
国民主権の立場からいえば、「国民が最高に、卓越して偉い」のです。そして
「一番偉ければ、一番責任がある。」
今の日本の政治・経済問題はもとより、天下り、警察官の不祥事、オウム、
ミイラ事件、ストーカー殺人、さらには天災まで、この日本で起こるすべての
問題は、国民が、国民一人一人が責任を果たせなかった結果です。
なんといっても、「卓越」し、「最高」の存在なのですから。
「自分の責任は、一億二千万分の一」と思われるかもしれません。
が、無限は、一億で割ろうが、一兆で割ろうが、無量大数で割ろうが、
全く変わりません。無限のままです。「主権sovereignty」に基づく
我々一人一人の責任は、大勢の中の一人であることによって、いささかも
減ったりしません。そう、我々は、不慮の災難にあった人、苦しんでいる人に
対し、永遠の無限の罪を持っています。我々一人一人のもつ最高の責任を
果たせていないのですから。
 以上、「あまりに抽象的な考え方であり、妄想的・宗教的であり、
具体的に何をどうするという建設的な行動につながらない考えだ。」と
思われるでしょうか?
 では、「昭和天皇の戦争責任」を追求する事は、どのように具体的であり、
建設的な行動なのでしょう。
天皇に「なった」のではなく、天皇で「あった」方の責任を問うことが。

かつてフランス革命の際、「人は罪無くして王たりえない」といわれ、
ルイ16世はギロチンにかけられました。が、こういう意味でなら、
人は、罪無くして人であることができないはずです。

さて、こういった徹底的な主権者責任論、
頭の中で考えている分にはともかく、現実の世界に適用しようとしたら
大きな問題が出てくることが、容易に想像できます。
* 例 前大阪知事に勝訴した女性が、彼を知事に選んだ大阪府民を訴えたら。
かくして憲法には、抽象的な責任のワナに陥らぬよう、
歯止めが存在しています。
昭和憲法では、第15条第4項に「すべて選挙における投票の秘密は、
これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を
問はれない。」とあります。
明治憲法で同様の役目を果たす条文は、
第3条「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」です。

 我々人間が有限である以上、「責任」に歯止めをおかねば
政治が機能しないのは当然であり、有限な人間が政治に関わるからこそ、
どのような政治体制であっても「超越性」が必要とされるわけでしょう。

現実・政治的にも、道徳・宗教的にも、過去においても今・未来であっても、
我々日本人に「天皇の責任を問う」ことのできる立脚点など存在しないのでは
ないでしょうか。

5 ナマエ:野次馬三等兵 2000/02/02(Wed) 14:04:20
「戦争責任」の定義は一体何でしょうか?
道義的責任?機能的責任?−帝国憲法上は無責任だが−、
陸海軍大元帥としての責任?
それとも、負けた責任?勝てば責任は発生しない???

ご聡明な陛下が、多くの国民が斃れたことを常に思っておられたのは
言うまでもなく、一時は退位まで考えておられたと聞いています。
先帝は誰よりも重荷を背負われて、戦後の日本の「象徴」としての
役割を果たされていたと思います。

それが「責任」でなくて何でしょうか?

安易な『天皇の戦争責任』というのは、言論の自由を濫用した者が
「勝手にほざいている」程度にしか感じません。

なお・・・・
私個人は天皇に「戦争責任」があったと思っております。
むしろそんな事は「言わずもがな」で、左翼だけでなく
多くの国民が思っていることでしょう。

しかし「責任があったと思うこと」と「皇室を奉じ国体を守護する」ことは
全然矛盾しないと思います。

6 ナマエ:ランス 2000/02/02(Wed) 23:24:54
>かくして「天皇が一番偉かったんだから、天皇に一番責任がある。」という発想>が、いわば「自然に」でてくるわけでしょう。

まったく同感です。
こういう人の多くは歴史について不勉強であることが多いようです。
背後関係を知ることで、転向可能な人もいるでしょうね(^^;

>「一番偉ければ、一番責任がある。」

これがまた、よくわかってらっしゃらない方が多くて困ります。
責任(義務と置き換えてもいいかな)の伴わない権利はないというのに。
そしてこんな空気を助長するが如き条文が
>、第15条第4項に
>「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。
>選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。」
ではないかと思います。
責任を最初っから放棄してるんですよ。
こんなところに戦後民主主義の悪弊が現れてます。
主権在民なら、議員を選ぶにしても、主権者としての責任をもって、自分が「これは」と思う人に投票せねばならないはず。
人の責任を問う前に自分の「責任」というものを一度考えてみる必要があると思います。

・・・なんだか、話をずらしてしまい申し訳ありません。

7 ナマエ:野次馬三等兵 2000/02/03(Thu) 18:12:06
えーとー
いよいよ話がずれてちょっと気が引けますが、
特定個人に押し付けるのではなく、
責任は一人一人にあるのでしょうね、きっと。

ただ、そこを強調すると
犯罪者がよく口にする
「俺が悪いんじゃない、こんな世の中が悪いんだ」
「俺が悪いんじゃない、育てた親が悪いんだ」
的な発想になってしまうので注意が必要ですね。

むづかしいや、こりゃ

8 ナマエ:ランス 2000/02/04(Fri) 03:10:58
>特定個人に押し付けるのではなく、
>責任は一人一人にあるのでしょうね、きっと。

そうなんですよね。
でも人間は弱いモンです。
戦後の共産党のプロパガンダに見事に踊らされました。
「悪いのは天皇制ファシストで、国民は犠牲者だ」
というあまりにも大衆にとって都合のよい言葉でもって・・・。

だから共産党とかアカの輩は人間出来てないんだ。(笑)


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