[1:4] 栄典制度の改正について
1 ナマエ:中島 健(健論会) 2000/03/13(Mon) 00:11:14
 はじめまして。こちらのサイトと相互リンクを締結致しております、中島という者です。月刊「健論」というオピニオン・サイトを製作しております。

 さて、報道によりますと、自由民主党の亀井静香政策調査会長の指示ではじまった同党の「栄典制度検討プロジェクトチーム」は、4月中を目途に改革案をまとめるといいます。「朝日新聞」3月4日づけ記事によれば、亀井政調会長は「官尊民卑というか、政治家やお役人が高くランクされ、民間人はいくら貢献しても、高い評価を受けられないなんて、こんなバカげた話はない。石原裕次郎にしたって、美空ひばりにしたって、あれだけ国民に夢と希望と楽しみを与えたわけで、膨大な功績だ。」「人間の一生を、社会、国家にどう貢献したか等級に分けて評価するなんておかしい。」とし、8等級ある等級制度の廃止や叙勲基準の見直しを示唆しました。

 さて、それでは皆さん、今回の自民党による栄典制度改革については、どうお考えでしょうか?

 私自身は、今回の改革は極めて底が浅いと言わなければならない、と考えております。以下、その理由について記します。

 そもそも、我が国の栄典制度は明治時代に遡りますが、終戦直後、吉田内閣の閣議決定で適用を停止しました(官吏任用叙級令施行に伴ふ官吏に対する叙位及び叙勲並びに貴族院及び衆議院の議長、副議長、議員又は市町村長及び市町村助役に対する叙勲の取扱に関する件=昭和21年5月3日閣議決定)。その後、諸外国との均衡や儀礼上の必要性もあって、池田内閣が閣議決定で生存者叙勲を復活させて現在に至っており(昭和38年7月12日閣議決定。但し、軍人専用の「金鵄勲章」は復活せず)、憲法第7条の天皇の国事行為のひとつとなっている「栄典を授与すること」を根拠としております(戦前は憲法上の大権事項で賞勲局総裁が輔弼)。いずれにせよ、勲章の目的は昔も今も国家の公共的な事業に貢献したことを感謝する名誉的なものであり、さればこそ、常時公共的な仕事に就き比較的貢献の機会が多い政治家、公務員、裁判官に叙勲が手厚いのは当然のことでありましょう(それでも、公務員の中でも特に貢献度が大きいと思われる検察官、警察官、自衛官、刑務官、消防官に対する叙勲は政治家より低い扱いで、例えば、自衛官では勲二等が最高位である)。石原裕次郎も美空ひばりも、なるほど確かに戦後史の中に名を残す有名人ではありますが、それは私的な自己実現以上のものではなかったですし、特段天下国家に公的な貢献があったというわけではありません(単に「世間を沸かせた」であるとか「国民の人気者である」といったことで授与するのは国民栄誉賞であり、民間の公的な貢献を評価するものとしては「褒章」がある※)。菊花章、旭日章は「私」を超えた「公」のために行動した者にこそ与えられるのであり、「この人の貢献が無ければ日本の政治経済は違った歴史を辿った」というような人間にこそ授与されるべきであって、芸能大賞ではないのです。例えば、石原裕次郎がいなくても日本政治は変わらなかったでしょうが、吉田 茂(大勲位)がいなかったら日本戦後史は違ったものとなっていただろうことは明かです(吉田の軽武装・経済優先路線をどう評価するかはしばらく措くとしても)。民間企業にしても然りで、例えばホンダ技研工業やソニーのような巨大な企業ともなると、それなりに「反射的利益」として公的な貢献があったといえるでしょうが、基本的には民間企業は株主のために利潤を稼ぐ集団であり、その動機は私的なものと言わざるを得ません。
 無論、公務員の中で、叙勲を狙って政治的な動きをするというのは言語道断でありましょう。戦前も、そうした叙勲の悪弊から陸軍・海軍が不要な競争を行ったという悪い前例があります。しかし、そうした悪弊を別にすれば、栄典制度そのものは(語弊を恐れずに言えば)「官尊民卑」であって当然であり、公務員=官僚に叙勲者が多いのも極めて妥当であると考えます(問題は、叙勲される側の「官」が本来は「尊」敬されるに相応しい人物であるべきなのに、「公」務員の公共性に対する自覚を失って「卑」しい不祥事を繰り返している点ですが、これは高級公務員の問題であって栄典制度自体の問題ではありません。むしろ、栄典制度が与える栄誉に相応しい「官」たるべく、公務員の意識改革を促すべきです)。また、現在の制度を天皇制との観点で批判する議論もありますが、主権者が天皇であろうと国民であろうと、「公」のために「私」を犠牲にして貢献した者に栄誉を与えることは、(特権を付与するのでもない以上:もっとも、年金ぐらいはつけても良さそうなものですが・・・)民主国家であっても必要であり、かつ、現在の法制度の下では、「国民主権国家・日本国の象徴たる天皇陛下に勲章を授かる」という構造になっている以上、特段問題があるとは思えません(軍国主義や天皇絶対主義とは何等関係が無い)。いずれにせよ、栄典制度は「目立ちたがり屋」のためではなく、実務家のためにあるということは強調されるべきであり、今回の自民党の改革プロジェクトの発足は、栄典制度の意義を見失った、大衆ウケだけを狙った安っぽい平等主義に根差していると言えましょう。

2 ナマエ:ランス/鐵扇會[国防研究会]  2000/03/13(Mon) 06:38:55
まさにそうです。
自分はとくに自衛官に対する待遇のひどさを嘆いております。
以前にも書きましたが、軍人はそれこそ国家のために自らの体を盾として戦う任務を背負っているというのに、勲功が滅多に与えられないとは何事か。

それじゃ誰も真面目にやらなくなってしまうだろう。
「勲章目当てにがんばる」というのは現金なことかもしれませんが、人間の心理としてやはり褒美があったほうが何事もやりがいが出てくるのは当然のこと。

また、そもそも勲章は国家の為に尽くした人に対する国家からのお礼であるはず。当選回数なんかで勲章もらう議員がいること自体疑問視されるべきですね。
そして国家の為ということから必然的に官尊民卑になる傾向は自分も当然のことかと思います。

3 ナマエ:野次馬三等兵 2000/03/13(Mon) 09:18:43
私も中島さんとまったく同意見です。

でも亀井静香氏は評価している政治家の一人なんですけどね。
4 ナマエ:兒玉源太郎 2000/03/20(Mon) 21:21:23
>石原裕次郎にしたって、美空ひばりにしたって、あれだけ国民に夢と希望と楽
>しみを与えたわけで、膨大な功績だ。
小生はこの部分はこれでよいと思います。これらの方々はそれだけではなく、
巨大な経済効果も生み出しております。
これは立派な経済貢献したと言えるのではないでしょうか。
そこの部分以外は中島殿のご意見に賛成です。
それでは失礼致しました。


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