以前成立された「対人地雷禁止条約」について、私なりに調べてみたところ、矛盾があることがわかりました(すでにご存じの方もいるかと)。
それは、この条約の「地雷」の定義にあります。
地雷の定義はあくまでも「土の中に埋める専用のもの」ということであって、地上設置型の地雷などは、この適用範圍外ということになります。
ベトナム戰爭で亞米利加軍が、使用した
クレイモア指向性対人地雷(こんなやつ→)

も、その代表的な例です。
これは、土の上に置き(草むらの中など)、ブービトラップ(ピアノ線などで)
を仕掛けておきます。
そこを何かが通って、ピアノ線に引っかかると、爆発して湾曲している部分から
九十度方向に、何百の、鐵の塊が跳んでいき、殺傷します。
これはベトナム戰爭で、甚大なる損害を、敵側(北ベトナム)にあたえました。
このような、森林の中など、木の根などで、地雷が敷設しいにくい所などに有効です。
従って、対人地雷禁止条約などに我が國が調印しても、防衞上の要を失うだけです。
当時の日本國政府は、世界に「日本は平和の國の先駆け」といっているが、これは単なる、政府内での、兵器戰爭アレルギーである。
このままではいざ、日本を、他の國が包囲したとき(四方を海に囲まれているので包囲されやすい)日本は、擧兵せず、ただの「やめてください」の一言だけで終わってしまうだろう。

強いて言えば、自分の城の隣國には、我が城の財産と土地を搾取せんとする者が住んでいる。
しかし我が城は、城内と、友好國に、「我が殿様は平和主義なるぞ」といって、堀を全て埋めてしまいました。
さて、この大名家は、この後どうなるかは明らかでしょう。
たとえ、今の時代が争いが少なくなったとはいえ、防衛の要である地雷を禁止する条約に調印などとは!!
そもそも地雷とは、攻撃用の兵器ではなく防御用の兵器であって、その、破壊力には期待せず、敵上陸の祭の抑止力に期待する物であり、諸外国で問題となっている、住民等の被害というのは、そもそも、その國に地雷を売り渡した國と、それを買い使用し、使用後の撤去をしないその國の責任であって、決して地雷の責任ではないのであります。
たとえば、ある人が海辺で釣りをして滑って海水でおぼれ死ぬとする、そうすると海水がいけないのか?
水を廃絶せねばならぬのか?
いや違う、これは滑って水の中に飛び込んでしまった人の過失であって、海水の責任ではない。
たとえば、ある人が、隣の村に行こうとして地雷により爆死するとする、そうすると地雷がいけないのか?
地雷を廃絶せねばならぬのか?
いや違う、これは、地雷を敷設しその地雷を取り除かなかった政府に責任があるので地雷の責任ではない。

人間は動物ではないのだ。
地雷の取り扱いは心得ているはずだなのに、なぜ、地雷による死傷者がでると、すぐ地雷のせいにする?
政府の役目は、その國の人民を守ることではないのか?
地雷を、人民を守る目的で敷設するところまでは、よい。
しかし、戰が終わって、その地雷を取り除くことも、人民を守る政府の責任ではないのか?
政府は地雷を取り除かず、一方的に地雷のせいにする。
それを、先進国の首脳等が勝手に地雷廃絶を訴える。
それに便乗した非現実的な平和主義者たちが、訳も分からず(地雷でひとが傷ついた映像を見ただけで)地雷廃絶運動を起こす、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
これらは、地雷に対する単なる責任転換である。
万が一の防衞戰に備え、必要な國もある(臺灣、日本など)
そのようなことを考えた上で地雷廃絶運動を起こして欲しいと私は思う。

海神

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