伊藤俊也脚本監督 東映映畫『プライド』を視て


二三寡聞にして承知しない事實があるがそれ以外は登場人物も實在實名にして脚本内容は極めて正鵠且つ精確である。
承知しない一人は[立花泰男]なる人物であるが實在の人物ならばどうでもよい。

脚色のための創作の人物ならば チョット余計だ。

[切腹する女]として烏丸せつこがキャストに名をつらねているが一方でKenworthy憲兵中佐の名前がキャストから抜け落ちてゐる。
武士道中佐の名前は日本人として忘れてはならない名前であらう。

Brookes, Bruette, Brakney辯護士の名前はキャストに名前をつらねているがWilliam Logan, David Smith, George山岡等の活躍と鵜澤聡明博士の名前も脚本のなかにもっと表に出てきてよかったと思ふ。
この辺が二時間四十一分の映畫の限界であるがそこに伊藤 清なぞを登塲させるのはbalanceを缺く。

脚本スタッフは當然 小林正樹のdocumentary『東京裁判』を何度も繰り返し見直して脚本を書き上げた事と思ふが結局はどの程度の豫備知識のある觀客に的を絞るかにあった事と思う。
Climaxは裁判長Sir William Flood Webbの天皇訴追の主張、絶對免責の米國の意を體しての首席檢察官Joseph Berry Keenan、一天萬乘の臣下東條の立塲をどう咬み合はせるかだが映畫では清瀬一郎と赤松貞雄が東條説得にあたった事になっている。
この辺が劇場映畫の限界であらう。
朝日の映畫評では「パル(Radhabinod Pal)を登場させたのはスポンサーの意向で焦點がぼけた」とあったがこれは劇映畫の一つの手法。それよりも封切りの直前に印度が核實驗をやった事の方が何か象徴的で考へさせられる。


江澤民がとやかく言っているらしいが内容的には何等言いがかりを付けられる筋合はない。南京の問題にしても相手が中華民國國民黨政府であったら何も問題にならなかったのに當事者が替はった所に異見の根元がある。

脚本内容も英語のdialogueも正確なのは製作委員會代表に加瀬英明が坐っているからであらう。
處刑執行日の説明は明らかに加瀬英明の主張であり解釋である。
「プライド」と謂うタイトルも加瀬の發案であらう。

何れにしても日本人必見の銘畫である。

1998/06/03

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