プライドを考える



東條は立派であった。
極東国際軍事裁判での彼の勇姿を忘れてはならない。
戦勝国による敗戦国のリンチだった、この裁判。
端から東條は死刑であることは彼自身承知していながら最後まで戦い抜いたのだ。
オウムの麻原とはえらい違いだ。法廷の麻原ときたら意味不明な単語をブツブツたれるのみ。あきらめているというより、もう既に敗北者だ。オウム真理教がこの後どうなろうと知ったことはないという感じだ。現実逃避だ。

だが、。東條は違う
彼は祖国の命運をかけ、文字通りをかけて法廷で戦った。『プライド』
皇室に迷惑をかけないように、少しでも自国に有利な条件で、日本民族の威信を失わないように・・彼は戦った。
そして死刑。国のため、公のため彼は死んだのだ。
彼は逃げなかった。確かに自決を図ったが、それは自ら出した「戦陣訓」にのっとったものと考える。


なんか、映画「プライド」を批評する会とかいう偽善者の集まり組織が何やら活動してるようだが、まったく彼らの主張は矛盾に満ちていて、HPの文をみたらあきれてしまった。
自ら、映画の自由を守るとかぬかしながら、プライドは軍国主義の代名詞たる東條をあたかも英雄扱いしてると批判。放映中止を図ったようだ。
それじゃ俺の映画を見る権利はどうなるんだ、プライドに期待している人は事実大勢いて、物議を醸した。これのどこが悪いのか?
民主主義をうたうなら、賛成も反対も同等に扱われるべきである。
ところがヤツらは映画が、大東亜戦争を肯定するものと決めつけ、それに意見を同じくする者を排斥してるのだ。
ヤツらに人権・自由云々を言う資格はないだろう。やつらに表現の自由云々は語ってもらいたくない。。


忘れてはならない・・・。
こんなことを書くと軍国主義者だとか言われるが、相手にしても仕方ない。
戦争論でいう「純粋まっすぐ君」は、たんなる偽善者なんだから、その場の空気に合わせて反論してるに過ぎない。
どうせ、世間が軍国主義の風潮だったらそっちになびく、卑怯な連中だ。
確固たる信念がない。議論する暇もない。
平和主義を主張するなら戦争について勉強しろと言いたい。
今がよければそれでいいんだろ、キミらは・・・。
だいたい、大東亜戦争という言葉にアレルギーを持つなんてそれこそ異常だと思うが・・・・。


大東亜戦争は日本の悪ではない。
そして死んでいった祖父を恨むのは勿論、軍国主義の犠牲者として哀れむのも間違いだ。
彼らは今の時代から見れば犬死にかもしれない、だが当時の心境で考えるなら立派に祖国の為、亜細亜の為に死んでいったのだ。
なぜ、大東亜戦争の悪い部分ばかりが強調されて、良い部分が隠されてしまうのか。
戦後民主主義教育によるマインドコントロールに陥っている証拠だ。


最後に弁護人清瀬一郎の一言
「閣下は日本国及び日本民族に対しては有罪です、しかし連合国に対しては無罪です」
その通り。
負けたのは事実であるから敗戦の責任からは当然免れ得ない、気の毒ではあるが。
しかし東京裁判でいう平和に対する罪、人道に対する罪などは滑稽であり、そのままお返ししたい罪状であろう。

大東亜戦争を見る視点を改めよ!
戦後民主主義思想の洗脳から目覚めよ!
日本の悪行しか教えない現在の歴史教育は間違っている。功績も教えるべきである!
君が代、日の丸何が悪い!自国に誇りを持って当然である!


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