橋本内閣の経済政策と日本陸軍の兵力逐次投入との関係



 現来日本人にありがちなパターンのひとつとして物を出すときに小出し、小出しにすることがあげられる。

現在の不景気に政府は公的資金を投入しているが、今、もっとも新しい景気対策は既に第6次となっている。諸外国から非難を浴びているのはこれである。どうして内閣は一気に大量に資金を投入しようとしないのか。俺にはただ、「少しでも少ない資金でやりくりしよう」というセコイというかケチな考えがはびこっているのではないのだろうかと勘ぐってしまう。

 さて、ここで大東亜戦争の時の日本陸軍の兵力投入について考えてみよう。ここではガダルカナルを例にとってみる。日本軍の設営隊が飛行場を完成させる、まさに直前に完全装備の米海兵隊一個師団の奇襲上陸にあい、日本軍は元々戦闘力の乏しい部隊であり(設営隊員や内地から連行された囚人ら、あるいは朝鮮で徴収された人々で構成されていた。武器は小銃ほかの軽装備。)あっという間にジャングルに追い散らされてしまった。そして大本営では島の奪還を計画する。
 と、ここまでは問題ない。

 悪いのは、敵の兵力を威力偵察と誤信、敵飛行場守備隊の兵力をせいぜい750人程度で航空機60機前後と甘い判断。実際には5000名の兵と285機の航空兵力を有していたのだ。
 軍部は一木支隊(兵力は一個連隊程度、連隊長一木大佐)2800名を投入。楽々飛行場奪還出きるものと端から信じていたからあきれる。そして惨敗。一木支隊長は連隊旗を焼いて自決という結果に驚いた軍部は、それでも「まぁ油断したんだろう」ぐらいにとらえて、今度こそと前回より少し多く川口支隊(一個歩兵連隊、連隊長川口少将)4000人をもって攻略しようとした。が、一昼夜に渡る戦闘で壊滅的打撃を受け敗北。時ここにいたってようやく大本営も敵兵力の見直しをし、丸山中将のもと第二師団と多少の重火器をもって、三度目の正直よろしく今度こそと意気込んでいったが、兵力を増強していた米軍に撃退された。

ここにきて大本営の軍人も真面目にガ島について論議をし、今村中将指揮の第八方面軍一部(38、59師団)を投入しようとの考えに至った。

 なんとも、今考えると「最初からそーしろよ」とツッコまずにはいられない。この後、結局陸軍は「四度負けては皇軍の面目いよいよ傷つくだけでなく、どだい無理な作戦である」と中止をした。

  なお、このガ島の話は乃木大将の旅順要塞攻撃にも適用される。

 まったく同じ事を場所こそ違えど我々日本人は繰り返しているのだ、そう現代でも。明らかに日本人の特性とも言えるだろう。この後、橋本内閣がどのような対処をするか注目すべきである。
 この不景気を甘く見てはいけない、やるなら思い切った行動が必要である。既に外国の評価はかなり悪く、政府内部でも気が付いている者も多いだろう。が、それでもふんぎりがつかないようだ。

 最後に、上に立つ者はこの悪しき特質をもっと自覚してもらいたいものである。


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