道派 と 制派
-2・26事件-

 1936年(昭和11)二月二十六日早朝、東京一帯は前夜から降り続いた雪がさらに激しさを増し寒さも一段と強くなっていた。

 突然、軍靴と銃声の轟きが市民の眠りを破った。
朝5時を期して、歩兵第一連隊・第三連隊・近衛歩兵第三連隊など1400名にのぼる陸軍部隊が反乱決起したのである。橋本欣五郎中佐らが『国家革新』を叫んだ3月事件以来、5・15事件のように少数の青年将校によるテロは続出していたが、これほど大規模な反乱はこれが初めてであり、日本近代史上にも例のないことであった・・・・・・・。

(注)文中に登場する人物の敬称を省略している場合があります。

−目次−

1.概略
 1-1.皇道派について
 1-2.統制派について

2.皇道派と統制派 対立への道
 2-1.永田と小畑 陸軍を皇道派と統制派に分割させた両雄
 2-2.士官学校事件
 2-3.教育総監辞任事件
 2-4.相沢事件

3.2・26事件への途
 3-1.皇道派の構想
 3-2.統制派の思惑
 3-3.事件前日の動き

4.錦旗革命
 4-1.決起開始
 4-2.総理大臣官邸襲撃
 4-3.斉藤実内大臣私邸襲撃
 4-4.渡辺錠太郎陸軍教育総監私邸襲撃
 4-5.高橋是清大蔵大臣私邸襲撃
 4-6.鈴木貫太郎侍従長官邸襲撃
 4-7.牧野伸顕前内大臣別邸湯河原伊藤屋旅館襲撃
 4-8.陸相官邸、参謀本部、陸軍省襲撃
 4-9.警視庁襲撃、他

5.事件直後の情況
 5-1.陸軍首脳の反応
 5-2.陸軍大臣要望事項
 5-3.陸相官邸の疑義

6.陸軍大臣告示
 6-1.対処にあたる者は
 6-2.軍事参議官会議(軍事参議院)
 6-3.大臣告示の伝達の謎

7.事態経過T
 7-1.警備司令部の方針
 7-2.海軍の反応
 7-3.叛乱軍と軍事参議官の対談
 7-4.帝国ホテルでの密談

8.事態経過U
 8-1.戒厳令発令
 8-2.奉勅命令
 8-3.討伐命令下る
 8-4.鎮圧、叛乱軍解散

9.東京陸軍軍法会議
 9-1.軍法会議の設置
 9-2.審理経過・判決

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 陸軍初の軍閥 桜会


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