その精神


名前ぐらいは聞いたことがあると思います、「軍人勅諭」。
軍人勅諭は前近代的な経典で歪んだ軍人を現出させたのだなどと言われることもある。
それでは、軍人勅諭の本質を解説します。

原文については泥禰亭氏が寄稿して下さってますので、そちらもご確認下さい。



1.概要

軍人勅諭(以後「勅諭」と称す)は、明治15年1月4日、明治天皇がその名を親書捺印され、直接陸海軍人に下賜されたもので、全文は2686文字にわたる。
天皇の軍隊観を述べ、大元帥として軍人に求めるものを明示されており、極めて説得力に富む軍人経典である。
つまり、日本軍隊および軍人の依って立つべき精神的基盤(建軍の本義とも言おうか)はこの勅諭によって確立されたと言っても過言ではなく、事実軍隊活動の全てはここに発したのだ。

勅諭は初めの一千字余りを総論にあてているが、その内容は冒頭の一節に
「我が国の軍隊は世々天皇の統率し給う所にぞある」
とし、すなわち我が国の軍隊は歴代天皇が統率してこられた歴史的存在であることの説明になっている。

従ってそこでは当然中世以降の武家政治が議論を呼ぶが、勅諭はその事実を述べた上で、世情の変転のためこのようになったのを人の力で挽回できるものではないが、我が国体にもとり、また伝来の定めに反し、情けない次第であると嘆じ、さらに江戸幕府の末期には、その施政は衰え、外国に侵されようとし、そのためおそれ多くも仁孝、孝明両天皇は痛く心を悩まされた。

ところが自分が幼いながら帝位について間もなく、おかげさまで大政は奉還され、国内の統一は成り、王政は復古できた。
以来15年、陸海軍制を今のように確立したと述べ、ここに改めて、軍事権が天皇にあること、そして天皇が軍人の大元帥であると宣言し、それ故に、自分は軍人諸君を我が身の内と頼み、諸君は自分を頭首と仰いでほしいと呼びかけられる。

かくてそれぞれの職務を守り、自分と一つ心になって国家の保護に力を尽くすならば、我が国民は永く平和を享受し、我が国威は世界に輝くであろうとの天皇の展望を述べ、かくも深く軍人諸君に望みを託するが故になお訓諭したいことがあるとして次の5項目が示される。
これらに共通して言えることは、まず一般論を述べた上で、軍人の特殊性に基づいて論旨を深める論法がとられていることである。


2.五項目の訓諭

一、軍人は忠節を尽くすを本分とすべし

国民は誰しも報国の心がけがなければならないが、特に軍人はこの心が固くなければ何の役にも立たないであろう。
例えば如何に隊伍の整った軍隊でも忠節心を欠くときは、有事に際し烏合の衆同然となるであろう。
本来国家を保護し、国権を維持するものは兵力であり、従って兵力の消長が国家の盛衰となるのである。
諸君軍人はこのことをわきまえ世論に惑わず政治に関わらず、ひたすら軍人の本分たる忠節を守り、その果たすべき義務は山よりも重く、またそのためには死を鴻毛の軽きに比する覚悟がなければならない。

一、軍人は礼儀を正しくすべし

軍人には階級があり、また同階級でも先後任がある。
そこで下級者が上官の命令を受けたときは、それは天皇の命令と心得よ、また上級者、先任者に対しては敬礼を尽くさねばならない。
また上級者は公務のため威厳を主とするときは別としてその他の場合は下級者を親切に取扱い、上下一致して軍務に精励せよ。
もし礼儀をみだるものがあって、上下の和諧が失われることがあれば、軍隊にとってはもとより国家のためにも許し難い罪人となるのである。

一、軍人は武勇を尚(とおと)むべし

我が国では古くから武勇が貴ばれており、国民一般においてもそうであるが、特に軍人は戦場に出て敵と戦うのが職務であるから瞬時たりとも武勇を忘れてはならない。
勿論その武勇は小敵を侮らず、大敵を恐れない大勇であり、かかる勇者は日頃人に接するには温和を第一としなければならない

一、軍人は信義を重んずべし

ここに信とは言葉通り実行すること、義とは負うべき義務を果たすことである。
従って、信義を尽くすには、初めにそのことの能否と理非を慎重に考察し、もし確信がなければ速やかに止まるがよい。
小さな信義を立てようとして大道に叛き、また私情の信義を守って人生を誤ってはならない

一、軍人は質素を旨とすべし

質素でなければ文弱軽薄に流れやすい
この気風は軍人の間には伝染病の如く蔓延し、士気を衰えさせ、軍隊を損ねる。
自分はこの悪習の現れることが心配であるので強く戒めたい。


以上の五ヶ条は我が軍人の精神であり、、それを貫くものは一つの誠心である。
またこの五ヶ条は特異なことではなく、誰もが行いやすい人の道である。
それ故諸君が誠心を堅持し、ここに述べた訓諭を守り、報国の務を果たすならば、自分だけでなく国民挙げて喜ぶであろう。



×.おまけ
 ■陸海軍人への勅語(昭和20年8月17日)


終戦の詔勅はよく知られていますが、この軍人への勅語はあまり知られてないかもしれません。
降伏とは軍人にとって最も恥ずかしいことであり、特に日本軍では降伏より玉砕を選んだことから推察されよう。
陸軍は最後まで徹底抗戦、本土決戦を貫徹しようとしていたこの時期、降伏など思いも寄らぬことだった。
しかし、降伏を命じる天皇の詔勅のままに堂々と行動し、一部の軍人を除いて、乱れることはなかった。
軍紀は最後まで守られていたのだ。

こうして帝国陸海軍は70余年の歴史を閉じたわけであるが、最期にしても戦いに敗れたという悲しみがありつつも、美しいものだった。
以下、原文を掲載します。 
 (注)
   1.()内はよみがなです。
   2.意味をわかりやすくするため、原文とは異なる場所で改行しています。


朕曩(さき)に米英に戦を宣してより三年有八ヶ月を閲(けみ)す
此間朕が親愛なる陸海軍人は瘴癘(しょうれい)不毛の野に或は炎熱狂濤の海に身命を挺して勇戦奮闘せり朕深く嘉(よみ)す

今や新たに蘇国の参戦を見るに至り内外諸般の情勢上今後に於ける戦争の継続は徒(いたずら)に禍害を累加し帝国存立の根基を失うの虞なきにしもあらざるを察し帝国陸海軍の闘魂尚烈々たるものあるに拘わらず光栄ある我国体護持の為朕は爰(ここ)に米英蘇竝に重慶と和を媾ぜんとす
若し夫れ鉾鏑(ぼうてき)に斃れ疫癘に死したる幾多忠勇なる将兵に対しては哀心より之を悼むと共に汝等軍人の誠忠遺烈は萬古国民の精髄たるを信ず

汝等軍人克(よ)く朕が意を体し鞏固(きょうこ)なる団結を堅持し出処進止を厳明にし千辛萬苦に克ち忍び難きを忍びて国家永年の礎を遺さむことを期せよ

以上です。
天皇陛下万歳!

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