大東亞会議

昭和18年11月5日〜6日に東京の国会議事堂で大東亞会議が開かれた。参加者は東条首相、中国(汪政権)の国民政府行政院長汪兆銘、タイのワイタヤコン首相代理、満州の張景恵国務総理、フィリピンのラウレル大統領、ビルマのバ・モー首相(前行政府長官)、オブザーバーとして自由インド仮政府首班チャンドラ・ボースであった。

「大東亜の解放、共存共栄、独立親和、文化昂揚」を原則とする大東亜共同宣言が発表された。この背景には、昭和18年8月1日、日本占領下のビルマでバ・モー政府が独立宣言し、米英に宣戦布告、10月14日にフィリピン共和国が独立宣言し、日本と同盟を結び、10月23日に、日本は自由インド仮政府を承認、10月30日に汪兆銘政権と日華同盟条約を結んだことがある。
ある意味アジアサミットのようなものであり、その理念も欧米植民地主義とは完全に脱却しているのに注目したい。


これに対し、米・英・中(重慶政府:蒋介石政権)3国は11月27日に、「カイロ宣言」に署名、日本の植民地の解放をうたった。
簡単に言えば、日本から取り返したい、独立国なんて認めないぞというだけの宣言。

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