帝国海軍と軍艦旗

軍艦旗は我が国家の尊厳を表象するもので、同時に帝国海軍将校を指揮官とする艦船であることを明示するものでもあった。
そのため、軍艦旗を揚げる艦船は平時においても次の特権(軍艦の特権)を有していた。

1.外国政府の干渉を受けることはない。
 もし外国政府が強いて干渉を加えようとするときは、兵力をもって拒むことができる。

2.軍艦は外国の法権に服従せず。
 外国の警察権、裁判権、臨検捜索権等は艦内に及ぶことを許さない。

3.外国に対して納税の義務はない。

4.主権に伴うところの尊厳と礼遇を受ける。

(なお、軍艦旗を揚げて行動する短艇もまたこれに準じている。)


以上のように軍艦旗の意義は神聖尊厳なものであったが、旗そのものは陸軍の連隊旗の如く、陛下より親授されるものではなく、常に何枚かを艦内の備品として備えていた。
これは前述の如く軍艦旗の性質上常にもっとも鮮明にする必要があるが、何分にも煤煙、砲煙を浴び、風雨にさらされるのでとてもいたみやすく、いたんだものは修繕し、または新しくしなければならないからである。

軍艦旗は停泊中は午前8時に掲揚し、日没前に降下した。
掲揚降下の際は衛兵隊は後甲板に整列し、「捧げ銃」の敬礼を行い、軍楽隊(または信号兵)は「君が代」を吹奏し、総員はこれに対し挙手注目の敬礼、艦内中、下甲板にある者は軍艦旗の方向に面し、起立する等極めて荘厳な儀式の下に行われた。
航海中は常時掲げる。
乗員は常に軍艦旗のもとに死所を得ることを深く念頭していた。
東郷平八郎元帥の
「海軍軍人は軍艦旗を眺めて居ればよい」
という言葉はこの精神を端的に表している。

軍艦旗の制式は明治22年10月7日勅令をもって公布され、同年11月3日より施行された。
寸法は旗の縦横比は2:3、日章の径は縦の1/2、日章の位置は中心より縦の1/6旗竿よりで、光輝の幅・間隔とも11度5分でありました。

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