治安維持法

1925年(大正15年)4月22日法律第46号として公布。同年5月12日施行の治安立法。
第一条で「国体ヲ変革シ私有財産制度ヲ否認セントスル」いっさいの結社・運動を禁止し、違反者は懲役10年以下の刑に処することを定めた。これは、普通選挙の実施に際し、それが革命運動の昂揚と結びつくことを恐れた当時の支配者層、とくに枢密院の要求により、普選法と一体にして議会に提出された者であった。
もとよりソ連の影響を受けた国内共産主義勢力への対抗策である。
この法律は後1928年(昭和3年)田中義一内閣のもとで緊急勅令で大改正を行い、刑罰に死刑を加えて加重した。

またこの法律は特別高等警察の設置などと一体になり、思想弾圧の中心的武器となった。取り締まりの対象も共産主義だけでなく、自由主義に及び、労働運動や宗教運動までも含み、国体変革・私有財産否認という不明確な概念の為、権力者の政治的配慮によってあらゆる結社活動に摘要される危険をはらんでいた。

実際に、当初は共産主義者やその同調者が摘要の対象とされていたが、第二次大戦の次期にかけて、自由主義者やクリスチャンから、新興宗教の教団の人々に至るまで適用範囲は拡大された。

その処罰対象としての行為も反戦運動や厭戦思想の表明にもおよび、また予防拘禁制度など実行行為がなくても逮捕・検挙が行われた。

普選はこの過去例を見ない悪法とともにはじめて可能になったのである。

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