イギリスのレーダーと八木アンテナ

42年1月にフィリピン、2月にシンガポールを占領した日本軍は、英国製地上用対空電波警戒機(レーダー)を捕獲した。それに”YAGI ARRAY”と書かれてあり、これは一体何かとなった。陸軍研究所、日本電気、東芝などの技師の調査により、”YAGI ARRAY”とは押収した文書から八木アンテナであることがようやく判明した。

八木アンテナは26年(大正15年)に東北大学の八木秀次救助が発明した超短波用のアンテナである。現在、屋根の上に立つVHF帯のクシ型テレビアンテナだ。
八木アンテナは当時の最先端科学技術の発明であって、欧米の先進諸国で大きな反響を呼んだ。八木アンテナの特許を買った英マルコーニ社は20年代後半には商品化していたが、日本では33年(昭和8年)に山形県酒田市・飛島間、さらに新潟と佐渡間の無線電話に利用されただけであった。

41年(昭和16年)、八木は特許期限延長を商工省(現在の通産省)に申請したが、「重要な発明と認め難い」と却下された。八木アンテナをレーダーとして利用するために、超短波の発振器であるマグネトロンを弟子の岡部金次郎と共同研究し、28年にアメリカで発表して大きな反響を呼んだ。マグネトロンの研究は、戦時中、海軍研究所での殺人光線の研究となる。

35年(昭和10年)頃、海軍研究所の技師がレーダーの研究を進言するが、上層部は「闇夜に提灯をともす」レーダーの開発よりは兵の訓練が大事と却下した。もっとも、海軍がレーダーの開発を進めたとしても、当時の日本電気産業の技術水準では実用化は困難なことだったろうが。

戻る